星空は君と共に

第66話 行ってしまいました

 釧路へ出発する当日。駅のホームには俺を見送る為に白花や杏にじいちゃんを始め、東や雅に篠原までもが集まってくれた。


「豊、忘れ物無いか?」

「大丈夫だってじいちゃん」


 じいちゃんが俺にこの質問をするのは3回目。普段しっかり者のじいちゃんがここまでそわそわするのは珍しい。


「そ、そうか……気をつけてな」

「うん、ありがとう」


 そういえば、こうして何日も家を離れるのは初めてだ。きっとじいちゃんも多少なりとも心配なのだろう。

 いつもと違うじいちゃんに新鮮味を感じながら、次に東と雅、篠原の3人に視線を移す。


「東達も見送りに来てくれてありがとう」

「まさかあのめんどくさがり屋の豊が交換学生とはなぁ。こりゃあ明日の釧路は真夏日かな?」

「うるせーよ、雅と篠原もありがとうな」

「いえいえ、私とあっちゃんも時庭さんの釧路での生活が良いものになるよう祈ってます」

「あっちはよく冷え込むみたいだし、体には気をつけてくださいね!」


 雅と篠原に「ありがとう」と返しつつも、何処か引っかかる点があった。

 この場に、はなたがいないことだ。

 もちろん彼女にも釧路に行くこと、そして出発日も伝えている。自分で言うのもアレだが、俺に首ったけの彼女が来ないというのは予想外だった。


「そういえば、はなたは忙しいのか? たった3ヶ月とはいえ挨拶くらいしときたかったんだが……」

 

 そう言うと、雅と篠原は互いを見つめ合ってクスッと笑う。


「いやぁ、そのぉ……はなたも忙しいみたいで……ねぇあっちゃん?」

「ふふっ……そうだね陽絵。はなたはどうしても外せない用事があってここには来れそうにないようで……」

「そうか……それならしょうがないな」


 どことなく歯切れの良くない2人の反応に違和感を覚えながらも、それ以上追求することはしなかった。


「うぅ……ゆたかぁ……」


 そして嗚咽を漏らしながら俺を呼ぶのは、泣きすぎたせいか杏に背中を摩られている白花。

 

「白花……いつまで泣いてるんだよ?」

「うぅ〜」


 昨日からずっとこの調子だ。彼女は俺を見るや否や涙が溢れて仕方ないらしい。


「ゆたかぁ……気をつけてね……頑張ってね……」

「あぁ、ありがとう白花」


 しかし、泣きじゃくりながらも先週のように「行かないで」とは言わない。彼女なりに俺の事を考えて我慢してくれているのだろうと思うと自然とその頭を撫でていた。


「杏、白花のことよろしくな。多分しばらくはこんな調子だと思うから」

「……」

「杏?」


 口を開かない杏に戸惑っていると、突如彼女は俺に抱きついた。


「あ、杏!?」

「……私だって寂しいんだからね」


 周りの目も気にせず杏は俺をぎゅっと抱きしめ続ける。

 一方その様子を見ていた東や雅達は「あらあら……」と漏らしながらニヤニヤとしていた。

 それにここは駅のホーム。身内以外の周囲の視線も美少女に抱きつかれた俺へ向く。恥ずかしさのあまり慌てて杏を引き剥がすと彼女は残念そうな表情を浮かべた。


「杏ちょっとタンマ! ちゃ、ちゃんと連絡するからさ、少しの間我慢してくれ。なっ?」

「……うん。毎日電話してね? 約束だよ?」


 杏がそう言うと、そばで会話を聞いていた白花も「私も電話するぅ!」と嗚咽混じりに叫ぶ。そんな彼女達に少し微笑みながら頷くと、釧路行きの電車の出発を知らせるアナウンスが流れた。


『まもなく、2番乗り場から釧路行きの特急電車が発車します。ご乗車のお客様は速やかに座席にお座りください』

「お、そろそろ行かなきゃ。じゃあみんな、行ってくる」


 、皆に手を振りながら電車に乗り込む。そしてドアが閉まり電車が動き出すと、白花と杏が窓越しの俺を追いかけながら手を振っていた。


「豊、気を付けてね!」

「行ってらっしゃい!」


 だんだんスピードを上げる電車に置いて行かれる彼女達が見えなくなるまで手を振り返した。

 そして寂しさを感じながら、俺は予め指定された自身の席へ向かう。


 Sの15……Sの15……ここだな。


 窓側である自分の席に腰を掛け、ふぅと一息つく。釧路まで約5時間。景色を見て、本を読むなり、仮眠を取るなりすればそんなに苦ではないだろう。

 朝も早かったし、まずは仮眠でもしようとアイマスクをつけると、横から女性の声が聞こえた。


「すいません、隣失礼します」


 空いていた隣の席の乗客が来たようだ。これから約5時間もこの席を共にする相手、挨拶くらいしておこうとアイマスクを外す。

 

「あっはい。どうぞ……え?」


 目の前の女性を見た瞬間、俺は言葉を失った。


「ふふふ、あっちでも仲良くしてくださいね? 


 俺を「豊さん」と呼ぶのはこの世で1人だけ。


 ——そう、涼森はなただ。

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