第65話 辛いけど、我慢することにしました


 俺は自責の念を抱きながら、白花の部屋の前で立ち尽くしていた。


 自身が交換学生として暫くの間、釧路で生活することを白花と杏に伝えると、2人のうち白花は突然の事を受け止められず、声を荒らげて自室に引き篭もってしまった。

 正直なところ、俺と一緒にいる事を異常にこだわる彼女が素直に首を縦に振るとは思っていなかったが、まさかあれ程までに取り乱すとは予想外だった。


「ばかぁ! 豊のばかぁ! うわぁぁん!」


 扉の向こうからは白花の泣き声が絶えず聞こえている。それほどまでに今回の件がショックだったのだろう。

 しかし、今は杏が部屋に入り、白花をなだめてくれている。事の発端となった俺が入っていくより、親友であり、家族同然でもある杏が寄り添った方が白花も落ち着くだろう。

 一先ひとまず杏に任せるしかない。白花が落ち着いたらもう1度きちんと話そう。

 そう決めてから10分ほどが過ぎた頃だろうか、白花の部屋の扉が開き室内から杏が姿を見せた。

 

「豊……」

「杏、白花は?」

「落ち着きはしたけど……」

「そうか……ごめんな。俺のせいで、杏にも迷惑をかけて……」


 杏は少し俯きながら首を横に振った。


「ううん……でも、今なら豊が行っても大丈夫だと思う」

「……わかった。もう1度白花と話をしてみるよ」

 

 俺は早速扉のドアノブを掴み、白花の部屋へ入ろうとすると突如後ろからくいっと袖を引っ張られる。


「杏? どうしたんだよ?」

「……私、白花の気持ちも少しわかるよ? 豊がいないと寂しいもん……」

「杏……」

「でも、私にこんなこと言う資格なんて無いのにね……豊は私のせいじゃないって言うけど、私があの事件にさえ巻き込まれなければ豊は停学になっていなかったし、釧路に行くことも無かったから……」


 俺が何度「気にするな」と言っても杏は、俺が停学になったことを今でも責任を感じている。

 そんな彼女の瞳は少し潤んでいて、今にも涙が溢れそうだったが、本音を少し漏らしても「行かないで」と言わないのは先程彼女が言ったように自分には俺を止める資格はないと思い込んでいるからだろう。

 しかし、俺の袖を掴む彼女の行動に込められたメッセージを汲み取るのは容易だった。俺は袖を掴む杏の手を握り、彼女を見つめる。


「杏、ありがとう……俺も、もう少し相談するべきだったと後悔している。でもたった3ヶ月、それで俺の停学が無しも同然になるのならお前だって少しは気が楽になるだろ?」

「それは……うん、そうだけど」

「だからさ……俺の為にも少しだけ我慢してくれないか?」

「……わかった」

「ありがとう。じゃあ、白花の所に行ってくるよ」

「うん、お願いね」


 俺は扉をノックをして、白花の部屋に入る。

 今思えば、白花が家に来てからこの部屋に入るのは始めてだ。彼女が来る前は元々両親の部屋だったが、室内は俺が知っている頃とほとんど変わっていなかった。

 変わった所と言えば机の上に杏やじいちゃん、そして俺が映っている写真立てが置かれているぐらいか。

 そんな室内で白花はベッドの上で抱えた膝に顔を埋めていた。


「白花?」

「……豊?」


 俺の声が聞こえるなり白花は顔を上げる。その目は泣き虫な彼女との思い出の中でも最も赤く腫れ、頬には涙の後が残っていた。


「白花……その……ごめんな」

「……っ! うぅ……」


 白花は再び顔を伏せると、嗚咽を漏らす。俺はそんな彼女の隣に座り彼女が落ち着くのを待つことにした。

 ふと、窓を見ると外は予報外れの酷い雷雨。まるで白花と共に空も泣いているみたいだ。

 少しすると、嗚咽が止んだ彼女は鼻水を啜りながら、声を絞り出した。

 

「いやだよぉ……豊がいないのやだよぉ……3ヶ月も会えないなんて耐えられないよ……」


 彼女の気持ちがわからないわけではない。自分でも「たった3ヶ月」と言っておきながらも、この家を離れるのは寂しい。もし、行かなくてもいいのであればそうするが、俺は第1志望の大学に入りたい。理由は将来の為。



しかし、それとは別に


 俺は胸の内に秘めていた本音を曝け出す覚悟を決めた。


「白花、お前と杏も第1志望は俺と同じ大学なんだろ?」

「うん……2人と一緒に同じ学校通いたいから……」

「実はさ……俺も同じ気持ちなんだ……」

「えっ?」


 白花がこの家に来てから数か月、あの日から俺の生活はがらりと変わった。それまで日常が退屈とは感じなかったものの、特に楽しいと思えたことも無かった。

 しかし、彼女達と過ごすようになってから少しずつ毎日が楽しくなった。白花や杏と一緒に学校に行って、帰ったら一緒に食事をする。そんな日々が始まって迎えた夏休みは人生で1番楽しめた夏だったし、文化祭だって学校行事であれ程充実した時間を過ごせたことは今まで無いと断言できる。

 最初こそは白花を我が家に迎え入れることを億劫とさえ思っていたが、今では白花や杏がいるこの日常が俺の中では当たり前になっていて、いつからか「こんな時間がもっと続けば」と願っている自分がいた。


「——俺も白花や杏と一緒の大学に行きたい」


「……ゆたかも?」

「あぁ、大学もお前達と一緒に過ごしたい。だけど停学経験のある俺じゃ、受験生の学校生活も重視するあの大学に合格するのは難しい……だから行くんだ」


 白花は少し考え込むと何かを決意したかのように、目じりに溜まった雫を拭った。


「……わかったよ。豊と4年間同じ学校に通えなくなるくらいなら……3ヶ月間、我慢してみる……」

「ありがとう……白花」


 俺は思わず彼女の頭を撫でた。

 すると、白花は顔をくしゃくしゃに歪め、俺に抱きついた。


「う、うわあぁぁん! ごべんね、ごべんねゆだがぁ!」

「白花が謝ることない、俺こそごめんな」

「ごべんね……だいぎらいなんて言ってこべんね……うぞだがらね、ゆだがのごど……だいずぎだがらね……」

「……わかってる……わかってるよ白花……」

「う……うぅ……ゆだがぁぁぁぁ!」


 抱きついたまま俺の胸で泣く白花を俺は拒まず受け入れたまま、俺は彼女が落ち着くまでその頭を優しく撫で続けた。


 

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