第64話 正夢でした
2者面談を終えた日の夜、私達はいつものように杏と源さん、そして豊の4人で夕食を囲んでいた。
私の隣には美味しそうに料理を口に運ぶ杏、向かいには豊と源さんが文化祭の話をしている。
豊……文化祭、楽しめたみたいで良かったな。
柔らかな表情で文化祭での出来事を語る豊を見ると、胸が高鳴る。しかし同時に息苦しさを感じるが、不快では無い。それどころか心地良いとさえ感じてしまうのは何故だろう?
「白花? 箸止まってるよ? もしかしてお腹いっぱい?」
「え? あぁごめん! まだまだ食べれるよ!」
杏に指摘され、無意識に止まっていた食事を再開させる。しかし、目線はすぐに豊へ戻ってしまい料理を口へ運ぶ動作は再び中断される。
そんな私の視線に気づいた豊は源さんとの会話を止めて、私を見つめ返した。
「なんだ白花? 俺の顔になにかついているか?」
「い、いやいや! 何もついてないよ!」
誤魔化すように私は食事を再開させる。
なんだかおかしい……。豊を見ると夢中になっちゃって他のことが手につかなくなる。
私はこの家で共に暮らす豊と杏に源さんの3人が大好き。
でも最近自覚したことだけど豊への「好き」は杏や源さんには感じる「好き」とは少し違う。豊と目が合うと今みたいに胸が苦しくなるし、豊が私や杏以外の女の子と話しているところを見るとなんだかモヤモヤする。
——この気持ちは一体なんだろう?
理解できない感情に戸惑いを感じていると、源さんがなにかを思い出したかのように口を開いた。
「そういえば豊、あのことは杏ちゃんと白花ちゃんに伝えたのか?」
「じいちゃんっ! それはまだ内緒なんだ!」
「そ、そうだったのか!? 悪い、時間も無いからてっきり伝えているもんだと……」
あの事って何だろう? 隣の杏もキョトンした顔をしているし何の事かわからなさそう。
根拠は無いが、もしかして文化祭の時に交わした私と豊と杏の3人で外出する約束の内容だろうか? などと勝手に期待を膨らませ、豊の口から紡がれる言葉に期待した私は少し身を乗り出した。
「なになに!? なんの話?」
「えっと……その……」
口籠る豊は深呼吸をすると、姿勢を正して私達に向き直る。
そして緊張を含んだような面持ちで、意を決したように口を開いた。
「——俺、この家を少し離れることになった」
「……え?」
予想もしていなかった言葉に私は思わず手に持っていた箸を落としてしまうが拾うという思考には至らず、豊の言葉がだけが私の中を駆け巡る。
離れる……? 豊がこの家を……? どうして? 私は?
浮かんでは消える疑問の渦に飲み込まれる私が声を出せずにいると、杏が突然椅子から立ち上がった。
「ど、どういうこと……? なんで急に……」
「今日の2者面談で決まったんだ……交換学生として3ヶ月の間、釧路の学校に通うことになった」
「釧路って……どうしてそんなことになったの……?」
「進路の為だ……志望校の受験には筆記試験の点数以外にも内申書……つまり学校生活の内容も重視されるんだ」
豊がそう言うと、杏はなにかに気がついたようで再び椅子に腰を下ろし、顔を俯かせた。
「もしかして……去年の停学のせい?」
「大きな理由はそれだな。今回の交換学生を無事終えることができたら特例で担任と校長が俺の停学が『不適切な処分だった』とB大に掛け合ってくれるらしい。それに杏、何度も言うが俺が停学になったのは杏のせいじゃない」
「そうは言っても……」
言葉を詰まらせる杏に豊は困った表情を浮かべる。
そして私は……いまだに理解が追い付いていなかった。
なんで? なんで豊が行かなきゃならないの?
止めなきゃ……豊と離れるなんて絶対に……。
そう思った瞬間、固まっていた口が動き出し頭の中の言葉が声となって漏れ出た。
「……嫌」
「白花……」
「嫌っ、嫌だよ! 豊がどこかに行っちゃうなんて嫌だ!」
「落ち着いてくれ白花、たった3ヶ月なんだ。帰ってこないわけじゃない」
「嫌っ! なんで勝手に決めちゃったの!?」
取り乱す私はふとある事を思い出す。
それは以前、豊の部屋で寝た時に見た夢。内容はある日突然、豊がどこかへ行ってしまうというもの。夢の中でもまさにこのような光景だった。
動揺して泣きじゃくる当時の私に豊は「どこにも行かない」と言ってくれた。それなのに……。
「豊の嘘つきっ!」
豊は言葉に詰まり、悲しそうな表情を浮かべる。その顔を見た途端、胸に刃物を刺されたかのような痛みを感じたが、それでも怒りにも似たこの感情を抑えることはできなかった。
「豊、『どこにも行かない』って約束してくれたじゃん! 酷いよ!」
「白花……ごめん」
謝らないでよ……私が聞きたいのは謝罪の言葉じゃないよ……。
どうして……どうして「行かない」って、「白花と一緒にいる」って言ってくれないの?
嘘つき……豊の嘘つきッ!
「豊なんて……豊なんて大っ嫌いッ!!」
心にも無い言葉を豊に投げつけた私は逃げるようにその場を飛び出し、自室に閉じこもった——。
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