第61話 この時を1年前から待ってました
「ありがと豊! すっごい楽しかったよ!」
「おう、白花も頑張れよ」
「うん! じゃあ行ってきます!」
当番の時間となった白花を教室の前で見送り、暇になった俺は自分の出番までの時間の潰し方を模索していた。
せっかくの文化祭だ。このままぼーっとするのは勿体無い気もするが1人で歩き回るのも、それはそれで寂しい。もうすぐ杏が空く時間だが人気者の彼女のことだし、既にスケジュールは埋まっているだろう。
そういえば、白花と見た体育館でのライブは見ていて楽しかった。まだ他の出演者もいるだろうし、1人で見てもそんなに浮かないだろう。
よし、体育館に行こう。
行き先を決めた俺が足を動かそうとした瞬間、俺達の教室の扉が開き、1人の生徒が出てきた。先程まで店内を駆け回っていた執事姿から制服に着替えた杏だった。
「あれ? 豊?」
「お疲れ杏。もう終わったのか?」
「うん、今ちょうどね。豊はどうしたの?」
「さっきまで白花と一緒に見て回ってたんだけどさ、あいつが当番の時間になって暇になったから1人で体育館の有志発表でも見ようと思ったんだよ」
「……ふーん。白花と2人で回ったんだ」
突然杏の視線が冷たくなる。腕を組みながら頬を膨らませ、明らかに不機嫌な素振りに全く見当がつかなかった。
「それで、白花と回った後はどうしようとしたんだっけ?」
「え? 1人で体育館の有志発表でも見ようかと……」
「へぇ……白花とは回るのに私とは回ってくれないんだ?」
「いやいや、そういうわけじゃないぞ!? 杏とは昨日回ったし、友達の多いお前のことだから予定埋まっていると思ったんだよ!」
「豊と被ってる空き時間に予定なんて入れないよ! ……あっ!」
咄嗟に杏は口を塞ぐ。しかし、俺は彼女の言葉を聞き逃さなかった。
「もしかして、わざわざ空けてくれたのか?」
「……」
返事はせずとも少し頬を赤らめ、もじもじとする彼女の仕草は肯定を示していた。だとしたら、俺からかける言葉は1つ。
「……一緒に見て回るか?」
「……うん」
杏と肩を並べて歩き出す。すると上機嫌になったのか、鼻歌を歌い始める彼女を見た俺の口角も少し上がった。
「やけに機嫌がいいな?」
「だってこの時をずっと待ってたんだもん」
「え? 昨日一緒に回ったじゃないか?」
「……相変わらず、にぶにぶ豊だねぇ~」
「どういうことだよ? 教えてくれよ」
「教えないよーだ! それよりも体育館行くんだっけ?」
「その予定だったけど疲れただろ? どこかで冷たい飲み物でも買って一息つくか」
「でも豊は体育館に行きたかったんじゃないの?」
「もし1人だったら行ってたさ。でも今は杏と一緒だし、杏はさっきまで頑張ってたんだ。お前の行きたいところに行こう」
「……ばか」
なぜか再び頬を赤らめた杏に馬鹿にされた理由はわからないが、その顔はどことなく嬉しそうだった。
「どこか行きたいところはあるか?」
「うーんとねぇ……あ!」
少し考え込む仕草を見せたのも束の間、杏は少し悪そうな目つきでニヤリと笑った。
「あったよ豊……まだ行ってない場所が……」
そうして杏に連れられたのは1年生の階。その中で縁日を開いていた教室に入ると、大きな声が教室内に響いた。
「あーっ!!」
まさか……。
俺達を指差していたのは、はなただった。
「豊さん! どうしてここに!?」
「はなた? ここお前のクラスだったのか!」
「え? 知らずに来たんですか?」
「あぁ、杏に連れられてな……待てよ? もしかして……」
合点がいった。杏がここに来た理由、それは犬猿の仲である彼女を
「こんにちは涼森さん」
「お疲れ様です杏先輩。豊さんを連れてきてくれたのは感謝しますけど、あなたって本当に性格が悪いんですね」
「なんのことかしら? 私はただ豊と2人きりで文化祭を回って、たまたまここに立ち寄っただけですけど?」
嘘つけ! 「まずはこの教室に行こう」って言っていたのはお前じゃないか!
「まぁ私はこの文化祭で1番最初に豊さんと2人きりで回りましたから? 特に悔しくもなんともないですけどね」
「そう言う割には顔が引き攣ってるけど?」
前々から思っていたがどうしてこいつらはこんなにも仲が悪いんだ? はなたが俺に抱きついたり、甘えたりするのが杏は気に入らないらしいが、なにもここまで嫌うことはないだろうに……。
「……さぁ豊さん! 来たからには是非楽しんでくださいね! 射的なんかどうです?」
「いいな。じゃあやらせてもらおうかな」
「じゃあ、これに弾を込めてください! 弾は全部で3発です!」
はなたから渡された空気銃にコルク弾を込めた俺は景品が並んだ台を見渡す。主な景品はお菓子やキーホルダー……大当たり枠は、はがき程の大きさのぬいぐるみといったところか。
どれを狙おうかと迷っていると、杏がその中の1つを指さした。
「あれ可愛い!」
彼女の指の先には大当たり枠の1つであるクマのぬいぐるみが置いてあった。
あれならギリギリ落とせそうだな……。
俺は熊のぬいぐるみに銃口を向け狙いを定め、引き金を引いた。
放たれたコルク弾は見事にぬいぐるみの中心に当たるが、少し位置がずれただけで倒れることはなかった。
「惜しい! ぬいぐるみの中心じゃなくて端っこを狙うといいですよ!」
「端だな。よし」
はなたのアドバイスを聞きながら再度弾を込め、今度はぬいぐるみの頭付近を狙って引き金を引く。しかし2発目は当たることなく、ぬいぐるみの横を通り過ぎていった。
残った最後の1発を込め、集中力を研ぎ澄ませる。
あのぬいぐるみが喉から手が出るほど欲しいわけではないが、せっかく挑戦したのだから何かしらかの成果は欲しいところだ。
深呼吸をして狙いを定める。そして、周囲の賑やかな音が聞こえなくなった途端に引き金を引いた。
すると銃弾は見事ぬいぐるみの頭に当たり、バランスを崩したぬいぐるみはころんと仰向けに倒れた。
「おめでとうございます豊さん!」
「凄い! 豊流石!」
「あ、ありがとう……」
たいしたことではないが、それでも嬉しいものは嬉しい。
その後は他の縁日も一通り遊ばせてもらった頃、杏の提案で俺が見たがっていた有志発表を見るべく俺達は、はなたの教室を後にした。
――辿り着くと、今の時間帯は演劇部による公演が始まる直前だった。遮光カーテンで暗くなった体育館に並べられた座席に2人で座ると、俺は先程入手したぬいぐるみを左隣に座っている杏へ差し出した。
「ほら、やるよ」
「え!? いいの!?」
「あぁ。これに指差して『可愛い』って言ってただろ?」
「そうだけど……本当にいいの?」
「もちろん。俺が持っててもしょうがないしな」
「……ありがと」
杏は俺から受け取ったぬいぐるみをとても嬉しそうにぎゅっと抱きしめる。
「……本当に嬉しい。ありがと豊、大事にするね」
辺りが暗いせいでよく見えなかったが杏の瞳が少し潤んでいたように見えた瞬間、突如左手に暖かい感触が伝わった。
――暖かい感触の正体は俺の左手に指を絡ませる杏の右手だった。
「あ、杏!?」
「んー?」
戸惑う俺に杏は頬を赤らめたまま優しく微笑むと、次は俺の左肩にそっと頭を乗せる。
「お、おい! こんなとこ見られたら本当に付き合ってるって噂されるぞ?」
「……べつに――」
『おまたせしました。これより演劇部による公演を開演します』
突如杏の声をかき消すように体育館にアナウンスが響く。しかし俺の頭の中はそれどころではない。
「今なんて言ったんだ? もう1回言ってくれよ」
「なんでもないよーだ」
結局杏は先程アナウンスに遮られた言葉を再び口にしてくれなかった。しかし絡めた指と俺の肩に乗せた頭はそのまま。
おかげで演劇の内容は全く頭に入ってこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます