第60話 呼び出されちゃいました
「きゃー! カッコイイ!」
「やばーい! 写真撮ってー!」
店内に黄色い声が響く文化祭2日目、俺達のクラスは男女の衣装を交換し、今は女性陣が執事の恰好をして店内を盛り上げていた。
相変わらず女性陣が経営する時間帯は凄まじい人気だ。しかし、今日は昨日と違って客層の8割方が女性だった。
「杏ー! カッコイイよー!」
「こっち向いてー!」
大盛況の理由は昨日とほぼ同じ。ホールで注目を集める杏だ。元々女性からも人気が高い彼女の執事姿は多数の同性を虜にしている。そんな忙しく駆け回る彼女を俺と白花は教室の扉から覗いていた。
「杏、凄い人気だね」
「だな」
初日と違って白花と杏のシフトは重なっていない。俺達男性陣の出番は午後からなので、こうして自然に白花と行動を共にしているわけだ。
「ねぇ豊?」
「ん?」
「今日も一緒に回ろうよ。実はこの後、『体育館でライブやるから見に来てくれ』って言われているんだよね」
「へぇ、楽しそうだな。じゃあ一緒に行こうか」
「やった!」
喜ぶ白花と共に体育館に辿り着くと、丁度彼女が誘われたというグループがステージ上で楽器の最終チェックをしているところだった。
『さぁ次はグループは1年生バンド! なんでもボーカルが大きな覚悟を持って演奏するとか! ではいってみましょう!』
司会の紹介が終わると、グループの中で爽やかな見た目のボーカルが緊張した面持ちをしつつ客席を見渡した。その中で月白色の髪を目立たせている白花を見つけ笑顔で手を振ると、それに彼女も応えるように手を振り返す。
その光景を彼女の隣で見ていた俺は、基本的に俺や杏と行動している彼女が知らない間に下級生まで交流を広げていたことに少し驚いた。
「あの1年生と仲が良いんだな。いつの間に知り合ったんだ?」
「昨日『ライブ見に来てください』って声かけられただけで、それまで話したことも無かったよ?」
「え?」
『それでは聞いてください!』
ボーカルの声と共に、ドラムがスティックを4回叩くと演奏が始まった。
少し前に流行ったラブソング。音楽のことはよくわからないが素人目でも少し辿々しい演奏だとわかるものの、懸命に演奏する彼らの姿は会場は沸かせていた。
「わぁ……!」
隣にいる白花も演奏するバンドに釘付けのようだ。
そんな彼女を横目で見ながら、俺もリズムに体を乗せていた。
――あっという間に曲は終わり歓声が上がる中、ボーカルは深呼吸をして再びスピーチを始めた。
「ありがとうございました! 先程司会も言ってましたが、僕は今日大きな覚悟持ってこの場で歌いました! その覚悟とは今日この歌を1番届けたかった人……2年生の時波白花さんに想いを伝えるためです!」
「「うおおおおぉっ!!」」
ボーカルの重大発表に体育館全体が大歓声に包まれる。流石にここまで説明されると俺でも想像がつく。彼が歌ったのはラブソング、それを白花に1番に伝えたかったというのは……つまりそういうことだ。
「えっ私!? なんで!?」
肝心の白花自身は状況を理解できていないようだが、そんなことはお構いなしに司会が彼女を呼んだ。
『ということで! 2年戦の時波白花さん、ステージに上がってください』
「え? え? どうしよう豊!」
「と、とりあえず行ったらどうだ?」
そうは言ってみたものの、少し不安ではあった。
もし、ステージで待つ彼の申し出を白花が承諾したらと思うと……少し寂しさを感じてしまうのは何故だ?
自分でもよくわからない感情に戸惑いながらステージに向かう白花を見送っていた。
壇上に白花が上がると先程までの大歓声が嘘だったかのように体育館は静寂に包まれる。そして、ボーカルの男子生徒がかなり緊張した様子で口を開いた。
「時波先輩! 一目見た時からずっと好きでした! 絶対に幸せにします! 後悔させません! どんな時でもあなたを笑顔にします! 僕と付き合ってくださいっ!!」
白花への想いを口にした男子生徒は頭を下げ、右手を彼女を差し出す。
観客達は白花が彼の手を取るかどうかを固唾を吞んで見守っていた。
「……嬉しい」
白花の言葉に男子生徒は腰を曲げた姿勢を崩さず、希望に満ちた表情の顔だけを上げた。
「じゃ、じゃあ!」
「でも、ごめんなさい」
白花は男子生徒の手をとらずに頭を下げた。
「あなたの気持ちは嬉しいよ。でも私、あなたと付き合うことはできない」
「……理由を聞いてもいいですか?」
「――私、豊が大好きだから」
……あいつ、とんでもないことを言いやがった……。
『振られたー! 更にそれだけではなく女性の方から想い人を発表する逆告白という、とんでもない番狂わせが起きたー!』
司会の声と共に告白の行く末を静かに見守っていた観客が沈黙を破った。
「どんまーい!」
「かっこよかったぞー!」
勇気ある行動を笑う者はいない。労いの言葉が飛ぶ中、白花に告白した男子生徒は悔しそうな顔をしつつも、観客に向き直った。
「……ありがとうございました!」
彼らのステージが終わると、俺の元に戻ってきた白花はいつものように明るい笑顔を見せた。
「ただいまー! 豊!」
「お前……ステージの上でなんてこと言ってるんだよ!」
「だって本当のことだもん」
悪びれる様子のない白花に何も言えなくなる。
彼女が俺に抱いている「好き」という感情は、俺達が通常異性に向ける「好き」とは違うはずだ。例えるなら家族やペットに向けるものと同じ感情だ。
「豊行こ! 3年生の階も見たいな!」
白花は俺の手を引く。
――心の中には白花が告白に首を縦に振らなくて安心している自分がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます