第59話 人気者でした

 文化祭1日目、第2部が始まりオープンした執事喫茶。大行列を作っていた前半とは打って変わって、落ち着いた店内で食事を終えたテーブルを東がゆっくりと拭きながらボヤいていた。

 

「なぁ豊? 前半は大盛況だったんだろ?」

「あぁ。こうやって喋る暇なんてなかったな」

「で、今は暇だと……」

「今が暇というより、前半が忙しすぎたんだよ」


 そう、前半が異常だったのだ。白花と杏というこの学校のアイドルがメイド姿で給仕をしたのだから。しかし、その2人がいない後半が暇になるのは目に見えてわかっていた。

 ……いや、この言葉は誤りだ。彼女達は店内にいないわけではない。


「すいませーん! そこの執事さーん! 紅茶淹れてください!」

「私も私もー!」

 

 客席に座った白花と杏が俺を呼ぶ。開店からずっとこの調子だ。


「お前達、いつまでいるんだよ? せっかくの文化祭なんだから見て回らないのか? まだ行ってない場所もあるだろ?」


 紅茶を淹れたカップをテーブルに置いた俺がそう言うと、その紅茶を杏が飲みながら答えた。


「うーん、私はべつにいいかなぁ……白花はどう?」

「私はここで杏とお喋りしながら豊見てる!」

「なんで俺をなんだよ…」

「だって豊カッコイイんだもん!」

「理由になってねえよ……まぁいいや、それならゆっくりしてけよ。俺は仕事に戻るからな」

 

 その後は変わらず落ち着いた雰囲気が続くかと思ったが、その想像は簡単に裏切られる。

 しばらくすると、徐々に来店する客数が増え始め、店内に空いた席は無くなった。


 急に客の入りが良くなった理由はわかっている。そこでずっと座って談笑している白花と杏だ。

 座って茶を飲むだけ彼女達を目当てに大勢の人達が押しかけたのだ。

 

 ――しかし、今回だけはそれだけが理由ではなかった。


「ねぇねぇ……あの人かっこよくない!?」

「わかる! イケてるよね!」


 どうやら非日常的なこの格好のおかげで、いつもより整っている容姿に見える俺が際立っているようだ。もちろん、この衣装のおかげだとわかっているが悪い気はしないのも事実だ。


「すいませーん! そこの執事さん、注文お願いしまーす!」

「はい! 只今参ります!」


 呼ばれたテーブルへ向かうと、そこには見た目からして3~4歳ほど年上と思える女性2人が座っていた。


「お待たせしました。ご注文はなんでしょうか?」

「カフェラテ2つお願いします。それよりも君かっこいいねー!」

「あ、ありがとうございます……。どちらからいらっしゃったんですか?」

「私達、生まれは違うけど近くの大学に通ってて今は恵花市も住んでるんだ! それでいきなりなんだけどさ、君って今彼女とかいるの?」

「いえ、いませんが……」

「おっ! 実はさ、連れのこの子が君のこと気に入っちゃったみたいでさ。文化祭が終わったら私達と遊ばない? 連絡先教えてよ!」

「え? えっと……その……」


 急な逆ナンに戸惑っていると、背後から何者かが俺にしがみつくように腕を組む。そしてなびく月白色の髪が視界の隅に映った。


「白花!?」

「むー!」


 俺の腕をがっちり組んだまま、白花は頬を膨らませて女子大生を睨でいた。


「豊はこの後、私と杏と一緒に家でご飯を食べるんです! 豊は私達と一緒にいるんだもん! だから、あなた達に渡しません!」


 女子大生達が呆気にとられたのも束の間、今度はその様子を見ていた杏が優しく微笑みながら俺の反対の腕を組んだ。

 

「そういうことなので、この執事のことは諦めてください」

「え、えぇ……」

「お客様、失礼いたしました! お前らこっちこい!」

 

 女子大生に頭を下げ、俺は強引に白花と杏を連れてバックヤードへ戻る。

 本来ならばもっと謝意を見せるべきなのだろうが、賑わう店内で良くない理由で注目の的になってしまった俺にはそれを気にする余裕などなかった。


「いきなり何すんだよ!? めちゃくちゃ見られたじゃないか!」

「だって、豊がとられちゃうと思ったから……」

「だからって……はぁ……」


 口をすぼめる白花に呆れていると、次は聞き覚えのある声がホールから俺の名を呼んだ。


「ゆたかさーん!」


 俺を「豊さん」と呼ぶのは1人しかいない。反応に困ったが、このまま無視するわけにもいかず説教を中断してホールへ戻ると2人の見知った女性、はなたと篠原の姿が目に映った。


「2人とも、来てくれたのか!」

「時庭さーん! お久しぶりです……ってめっちゃ似合ってるじゃないですか!」

「そ、そう言ってもらえると嬉しいな」

「めっちゃカッコイイですよ! ね、はなた? ……はなた?」


 篠原が隣のはなたを見ると、ポカンと口を開けたまま瞬きすらしない彼女は俺を見たまま、時が止まったかのように静止していた。

 

「はなた?」

「……」


 沈黙を続けていた彼女だったが、突如窓から顔を出して深く息を吸う。


「……フォォォォォォォォォォー!!」

「ど、どうしたっ!?」


 いきなり奇行に走った彼女に俺含め周囲の人間が驚く中、そんなことなど気にしていない様子の彼女は頬を赤らめながら目をキラキラさせる。その顔から鼻血を流しながら。


「ヤバイっ! 豊さんヤバイっ! マジでヤバイ!」

「はなた!? 鼻血でてるよっ!」

「ヤバイっ! ほんっとにヤバイっ!」


 語彙力を失い、暴走する彼女に親友である篠原の声は届かなかった。

 すると、今度は杏がはなたに詰め寄る。


「やっぱり現れたわね!」

「豊さんっ! 私だけの執事になってぇ!」

「こら! 無視するな! そして豊に抱き着くなぁ!」


 はなたには、もちろん杏の声も届かない。そして俺に抱きついた彼女を杏と白花が引きはがしにかかる。

 その後はいつも通り杏とはなたが口喧嘩を繰り広げ、白花は俺にべったりくっついたまま。

 しかし先程から言っているように、今この場は俺達だけの空間じゃない。クラスメイトや一般の利用客の眼もある中で、堪忍袋の緒が切れた俺は彼女達3人を店から追い出した。


 しかし、時すでに遅し。一連の光景は大勢の人達に見られ、「あの店は痴話喧嘩が見れる」という噂が瞬く間に広がったのだ。

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