第58話 とても似合ってました
文化祭1日目、前半の部が終了。
メイド服の波里杏はこれで終わり。明日は執事の衣装だし、仮装パーティーでもない限り袖を通すことは無いだろう。
「杏、着替え終わった?」
「今ちょうど終わったよ!」
更衣室でメイド服から制服に着替えた私と白花は教室へ急ぐ。
理由は1つ。執事の衣装を着た豊を早く見たいからだ。
文化祭一日目の後半は男性陣による執事喫茶。まもなく準備が終わり開店する。そうなれば忙しくなって豊に声をかけられなくなる。そうなる前に「似合ってるよ」と言いたかった。
準備中の教室に辿り着くと、そこには最終確認中のクラスメイト達がいたが肝心の豊の姿は見えない。
すると、1人の執事姿のクラスメイトに声をかけられた。
「あれ、杏ちゃんと白花ちゃん?」
「あ、江夏君!」
私達を呼んだのは豊の親友の江夏 東だった。
「2人ともどうしたの? 今は自由時間のはずだよね? ……あっ! もしかして豊に会いに来た?」
「え、えっと……そんなとこかな……」
「相変わらず豊ラブだねぇ!」
「ちょ! 変なこと言わないでよ!」
江夏君の言葉に私は頬を赤らめる一方、白花は動揺を見せずに堂々と返事をした。
「うん! 私、豊大好きっ!」
「白花っ!?」
最近白花は豊への好意を以前よりも隠さなくなった。しかしクラスの皆は彼女が豊の親戚という偽りの情報を信じている為、とても仲の良い親戚同士という認識を持ってくれていることが幸いだ。
「おっ! 噂をすれば来たな!」
江夏君と同じ方向へ視線を向けると、私は衝撃を受けた。
私の目線の先にいたのは準備を終えた執事姿の豊。髪はワックスでセットされ、元から一般男性の平均値以上に背が高くスタイルの良い体に
いつもはラフで少し気だるげな雰囲気の豊だが、今日はピシッと背筋を伸ばした紳士の出で立ち。その上、服装の影響か元々整っている顔立ちがさらに引き立ち、そして決め手に黒縁のメガネが彼を知的に見せていた。
やばいっ! 想像以上にカッコイイ!
豊に見惚れていると、私の隣で白花が目を輝かせながら豊に駆け寄った。
「わぁ……! 豊凄い! カッコイイ!」
「そ、そうか? なんか、照れるな……杏、どうかな?」
「う、うん! 凄い似合ってる!」
「どうした? 声が凄く裏返ったぞ?」
「なんでもないっ!」
どうしよう……予想以上に豊がカッコイイせいで直視できない……。
「そうだ! せっかくだから写真撮ろうよ! ほらほら、杏ちゃんと白花ちゃん。豊の隣に並んで!」
そう言った江夏君がスマホを取り出してカメラを起動させる。
「ありがと江夏君! ほら、杏も早くこっち来て!」
「う、うん……」
豊の隣に移動した私はカメラではなく豊の横顔を盗み見てしまうと、心臓の鼓動が一気に高鳴る。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいっ! 豊かっこよすぎるよぉ!
「杏ちゃん? もうちょっと豊に近寄ってー!」
「えっ!? う、うん!」
深呼吸をして、豊へ一歩近づく。
「杏? なんか様子が変だぞ? もしかしてこの格好、変だったか?」
「いやいや! そんなことないよ!」
むしろ逆だよ! 似合い過ぎてこっちはどきどきしてるんだよっ!
「じゃあ撮るよー!」
掛け声と同時にシャッターの音が聞こえる。写真を確認した江夏君は笑顔で親指を立てた。
「うん、良い感じ! あとで送っ……」
「――東くーん!」
江夏君の言葉を遮って、誰かが彼を呼んだ。声のする方へ振り向くと、美しい黒髪の少女が江夏君に手を振っていた。
「おっ!
彼女の名前を聞いた途端、先程まで高鳴っていた鼓動が、今度は別の意味を持つものに変わった。
陽絵と呼ばれた彼女の性は
夏に1度、私の知らないところで豊と会っており、その際に不意に遺跡の話題が出てしまい豊が苦しんだ経緯がある。
正直、豊に最も近づいてほしくない女性だ。
「東君! その衣装、凄い似合ってるね! カッコイイ!」
「ありがと。あれ? 1人で来たのか? 篠原と一緒に来るって言ってなかったか?」
「あっちゃんは先にはなたちゃんの所に行ってる。後で彼女と一緒に来るよ! それで、あの……そこにいるの時庭さんですよね?」
雅が豊に視線を移すと、私は咄嗟に豊を庇うように前に立つ。
すると、そんな私が危惧している理由を理解しつつも、「俺は大丈夫だ」と言わんばかりに私の肩にそっと手を置いた豊は彼女に声をかけた。
「こんにちは雅。今日は来てくれてありがとう」
「あ、あの……先日はごめんなさいっ!」
「えっ?」
「東君から時庭さんのご両親のこと聞きました……私、無神経なこと言ってしまって……」
「謝ることは無い。 雅は悪くないし、それよりも今日は楽しんでいってくれ」
「……はい! ありがとうございます! ……あれ? 東君は?」
豊と雅がつい先程まで近くにいた江夏君を探す。すると、彼は教室の隅で他の男子生徒に囲まれていた。
「おい東! あの子誰だよ!?」
「あんなかわいい子の友達がいるなんて、聞いてないぞ!? あの子は一体何者なんだ?」
「いや、その……なんとういか……」
江夏君が返答に困っていると、その場に雅自らが向かい、男子生徒達に上品さを漂わせながら頭を下げた。
「……皆様、初めまして。雅 陽絵と申します。東君とは結婚を前提にお付き合いをさせていただいております」
「「……は?」」
男性陣が皆綺麗に同じ反応をする。そして一斉に江夏君を嫉妬の眼で睨んだ。
「東! 結婚ってどういうことだ!?」
「許せん! あんな可愛い子がお前の彼女だと!? 時庭は仕方ないとして、お前まで俺達を見捨てるのか!?」
「詳しく話を聞かせてもらおうじゃないか! おい皆、この裏切り者を連れて行くぞ!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待てよお前ら……。おい豊! 助けてくれ!」
「……」
「豊!? 無視するなよ! ゆたかぁ~!」
江夏君はクラスの男子に連れていかれてしまった。
10分後、戻ってきた男子生徒達はどういうわけか尋常じゃない程のやる気に満ち溢れていた状態で執事喫茶を開店させた。
後から聞いた話によると皆、江夏君に彼女ができたことが羨ましかったらしく、この文化祭で自分もパートナーを見つけようと躍起になっていたそうだ。
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