第62話 素敵な思い出になりました
「なぁ……ほんとに大丈夫なのか?」
「ここまでやって、今更後には引けないだろ?」
これから始まることに気が引けている俺を東がなだめる。
しかし、それもしょうがないと思う……これから地獄絵図が始まるのだから。
「覚悟はいいかお前ら?」
東がそう言うと、他の男子が一斉に「おぉ!」と声を返した。
「よし開店だ!」
東の号令と共に勢い良く教室の扉を開ける。
すると、外には既に俺達の姿を見ようと大勢の人達が並んでいた。
「「あっはっはっはっ!!」」
開店早々、目の前でクラスメイトである女子生徒達が俺達を指差し大笑いする。
理由は……メイド姿の男性陣だ。
「おかえりなさいませぇ! ご主人様ぁ!」
声変わりを終えた男性陣の野太い声が響く。
「男子、最高!笑」
「やめて……笑いすぎて苦しい……」
こうして文化祭2日目の後半が始まる。正直、阿鼻叫喚の嵐になるかと思っていたがウケているようで良かった。しかし、足がスースーして落ち着かない。女性は毎日こんな気分なのか。
そしてこの後も俺の予想とは違って店内は物珍しい光景を見るために、そこそこの賑わいを見せていた。
「2名のご主人様がおかえりになりましたぁ!」
受付が2名の来客を知らせる。席へ案内するために急いで向かうと、そこには白花と杏の姿があった。
「可愛い! 杏、豊が可愛いよ!」
「ふふ……そうだね。じゃあそこのメイドさん? 案内してもらっていいですか?」
「お前らか……どうぞ……」
恥ずかしさに耐えつつ、俺は彼女達を席へ案内しようとするが2人は動かず、ニヤつきながら俺を見ている。
「どうしたんだよ?」
「メイドさん? ご主人様が帰ってきたんだよ? ちゃんと言うべき言葉があるんじゃないの?」
「うっ!」
「杏の言う通りだよ豊? ほら言ってよ」
「……お、おかえりなさいませ……ご主人様……」
「……ぷっ!」
「おい杏! 笑ったな? 今笑ったな!?」
「笑ってないよ? ほらほら、早く案内してよ」
揶揄われながら彼女達の席への案内を始めると、杏の腕には先程俺がプレゼントした熊のぬいぐるみが抱きかかえられていることに気づく。
年頃の女性に熊のぬいぐるみをプレゼントするなど、幼稚ではないかと内心は不安だったが気に入ってくれたようで良かった。
そして俺に案内された席に座った彼女達は予め何を食べるか決めていたようで、メニューを開かずに注文を始めた。
「私、オムライス!」
「私も杏と一緒のオムライス!」
俺は「はいよ」と一言伝え、バックヤードでひたすら冷食の料理を温めている係のクラスメイトに注文を通す。そして待つこと5~6分で2つのオムライスが完成し、パセリを添えて彼女達の元へと運んだ。
「お待たせしましたーオムライス2つです」
テーブルにオムライスを置く。しかし、彼女達はすぐに手をつけようとしない。
「どうした? 食べないのか?」
「メイドさん、あれやってよ。お約束のやつ」
「あれ?」
「うん。オムライスが美味しくなる魔法」
「やるわけ無いだろ!」
彼女達にそう言って1歩下がる俺を白花と杏は子犬のように見つめる。
「ご主人様の言うことが聞けないのぉ?」
「頼む……勘弁してくれ……」
「駄目だよ! 昨日私と杏もやったし、男子もやるって決まりじゃん!」
「うっ……」
確かに白花の言う通りだ。彼女達が求めていることはこの店のサービスであり、店員の俺に拒否権のなど無いのだ。
俺は恥を捨てる覚悟を決め、彼女達に顔を向ける。そして手でハートを作った。
「……お、美味しくなーれ…… 萌え萌えキュン……」
……なんだこれ? ……やばい……死にたい。恥ずかしいを通り越して死にたい。なんでこんなことしなきゃいけないんだ。
今すぐに逃げ出したい気持ちをぐっと堪えて2人を見ると、白花は満足そうな表情を浮かべていたが、杏は笑いを必死に堪えながらスマホのカメラを向けていた。
「おい杏! 今の撮ってたな! 当店は写真撮影禁止だ!」
「そんなルールないもん! ご主人様に逆らうな! さぁ食べよう、いただきます!」
杏は抱きかかえていた熊のぬいぐるみを隣の席に置き、スプーンを手に持ちオムライスを頬ばる。しかし、1口食べたところで向かいに座る白花が食事を始めていないことを不思議に思ったようで声をかけた。
「白花? 食べないの?」
杏の問いかけに白花は答えずある物をじっと見つめていた。視線を辿っていくと、その先にあったのは俺が杏にプレゼントした熊のぬいぐるみ。それに気づいた俺の頭には、ある憶測が過った。
「白花……?」
「……え!? ごめんなに?」
「もしかして、お前も欲しいのか? その熊のぬいぐるみ」
「……そうだけど、そうじゃない」
「どういうことだよそれ?」
「……熊のぬいぐるみじゃなくてもいいから、私も豊からプレゼント貰いたい……」
そうか。白花は杏だけがプレゼントを貰えて羨ましかったのか。しかし杏にプレゼントしたあのぬいぐるみは、たまたまゲットした物であって白花へのプレゼントは用意していない。
ただ、このまま白花にだけ何もプレゼントしないのは可哀想だ。
「白花?」
「なに? 豊」
「今すぐ渡せる物は無いんだけどよ……今度、一緒に出掛けよう。そして、そこで白花にもプレゼントを用意するよ」
「本当っ!?」
「あぁ。白花にだけ何も無いというのも……あれだしな」
「やったぁ!」
新たな楽しみが生まれた白花は嬉しそうにオムライスを口に運び始める。すると、そんな俺達の様子を見ていた杏が手を上げた。
「私も! 私も行きたい!」
「杏にはもうプレゼントあげただろ?」
「そうだけど、私もついていっちゃ駄目?」
「いいけどよ……」
「やった! 楽しみだね白花!」
「うん!」
幸せそうにオムライスを頬ばる2人を見て、思わず笑みをこぼしていると再び受付が来店を知らせる言葉を響かせた。
「3名のご主人様がお帰りになりました!」
すぐさま白花と杏のテーブルから離れ案内を待つお客の元へと向かうと、これまた見知った顔の女性が目に映る。
はなたと彼女の親友である篠原と雅だった。
「あっ時庭さん! お疲れ様です」
「お、来てくれたんだな」
「えぇ、東君もいるので」
篠原と雅と言葉を交わした俺は違和感を覚えた。いつもなら俺を見るなり子供のように騒ぎ出すはなたが一言も口を開かないからだ。俺と同じように、篠原と雅もいまだ微動だにしないはなたを気にし始める。
「はなた……?」
「……」
「ねぇはなた? どうしたの?」
はなたは答えず、俺を見たまま固まっている。すると、執事姿の俺を見た時のように鼻血を流し始め……そのまま仰向けに倒れた——
「はなた!? はなたー!?」
驚いた篠原が彼女の元へ駆け寄り、無事を確かめるが返事は無い。しかし意識が無いわけではなく、はなたは幸せそうな表情を浮かべていた。
「へへ……豊さんのメイド姿……なんか新しい扉が開く音がした……よ」
「はなた!? 気を確かに!」
結局はなたは2人に連れられ、1度店を出て保健室へと向かった。そんな3人を廊下で見送っていると後ろから声をかけられた。
「すいません、広報部です! そこのメイド服の男子生徒さん、ちょっとよろしいでしょうか?」
「お、俺ですか?」
「はい! 実は今年の文化祭の記事を作るため、取材させてもらっていまして! ズバリ聞きますが……今年の文化祭はいかがでしたか!?」
いかがでしたか……そんなの決まっている。
「……とても楽しかったです。良い思い出になりました――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます