第56話 大繁盛でした

 ついに迎えた文化祭当日。

 各クラスが今日に向けて準備した様々な催し物が校内を賑わせていた。


「4番のテーブル! オムライス持って行って!」

「6番、お冷まだ出てないよ!」


 忙しそうな声が飛び交うのは俺達の教室であり、クラスの出し物はメイド執事喫茶。

 時間交代制で1日目の前半は女性陣が可愛らしいメイド服を着て、飲食を提供し後半はビジッと執事の衣装を着こなした男性陣が交代する予定だ。

 2日目は……なんと男性陣がメイド服、女性陣が執事の服を着て店を盛り上げる。


 クラスで決めたことだからしょうがないが、2日目の男性陣のメイド服は地獄絵図になりそうな予感がするのは俺だけだろうか?


「7番テーブルの注文違うみたいだよ! ちゃんと確認してね!」

「2番片付け終わったよ! 次のお客さん呼んで!」

 

 見ての通り、出だしは上々……いや、忙しすぎる。オープンと共に満席になり、数分で教室の外は空きを待つ人で大行列ができていた。


「ごめんね時庭君。本当なら今の時間は当番じゃないのに」

「気にすんなよ。困った時はお互い様さ」


 目の前で申し訳なさそうな表情をする女子生徒の言う通り、本来ならばこの時間の俺はここにいる必要はない。

 しかし、想像以上の大盛況に当初の予定だった人員では対応しきれなくなった為、手伝いを志願した俺はこうやってバックヤードでひたすらオムライスを作っている。


 俺達のクラスがここまで繁盛している理由。

 それはホールをメイド姿で忙しそうに駆け回る、白花と杏だ。


「お待たせしました、オムライスです! 杏~! 5番テーブルにオムライス提供したよ!」

「ありがとう! じゃあ今度はあそこのテーブル片付けて! 私は次のお客さん呼んでくるね!」


 相変わらず、凄い人気だな……。


 あっちへこっちへと動き回る白花と杏は店内のほとんどの目線を集める。

 優れた容姿を持つ2人を最も人目に付く位置に配置した俺達クラスの作戦は大成功のようだ。

 留まることのない来客に文化祭実行委員の女子生徒が不敵な笑みを浮かべる。


「ふふふふ……この調子なら総合優勝も楽勝だわ!」


 しかし、物事というものはいつまでも同じ状態は続かない。

 しばらくすると、白花と杏を目当てとした人達の列もピークを超えて段々と短くなる。

 その様子を見た文化祭実行委員の女子生徒が俺に声をかけた。


「時庭君! あとは私達でなんとかなりそうだがら、もう大丈夫だよ! 本当にありがとう!」

「力になれたならよかった。じゃあ頑張ってな」


 そう言って教室を出ると、たちまち大きな声で誰かが俺を呼ぶ。


「あー! やっと見つけたぁ!」

「え?」


 振り向いた先には、はなたがいた。


「涼森!?」

「んー?」


 つい、いつもの癖で彼女を苗字で呼んでしまうと、はなたは不満そうな表情を浮かべる。


「は、はなた……」

「はい!」


 呼び直すと、はなたはニコッと笑った。


「もー今までどこにいたんですか? せっかくが豊さんが空いてる時間に合わせてスケジュール組んだのに」

「急遽クラスの手伝いをしてたんだよ……ってなんでお前、俺のスケジュール知ってるんだ?」

「細かいことはいいじゃないですか! それよりも豊さん、一緒に文化祭回りましょうよ!」

「えっ!?」


 約束していた杏、白花と一緒に見て回る約束までは時間がある。

 それまでは正直言って暇だが、はなたと一緒に回るのは少し心配だ。


「……別にいいが、条件がある」

「なんでしょう!」

「節度を守ること、いつもみたいに抱き着いたりしないと約束できるなら、少しの間だけだが一緒に見て回ろう」

「くっ……わかりました! 我慢します!」

「よし、じゃあ行こうか」

「はい!」


 はなたと共に歩き出した俺は各クラスの催し物一つ一つをキョロキョロと見回す。

 そんな俺を見て、はなたがクスッと笑う。


「ふふ、豊さんどうしたんですか? キョロキョロしちゃって」

「いや、文化祭って本当にいつもの学校と雰囲気が違うんだなって……」

「文化祭なんだから当たり前ですよ! それに豊さんはこの学校の文化祭2回目じゃないですか!」

「あー実は訳があってな……俺、去年の文化祭は出てないんだ」

「え? 風邪でも引いたんですか?」

「まぁそんなところだ」

「そうなんですねーということは、今年も危うく風邪で参加できなくなる所だったんですね」

「……そうだな」


 その後は短い時間ではあるが、はなたと様々な場所を回った。お化け屋敷や外の屋台。なかでも彼女が1番楽しんでいたのは写真部が開催する撮影スタジオ、そこで撮った俺との2ショットを彼女は早速スマホの待ち受けにして、1分に1回はそれを眺めてニヤニヤしていた。


「えへへ……豊さんとの2ショット~」

「そんなに喜ぶなら写真くらい、いつでも撮るぞ?」

「豊さんの周りにはいつも杏先輩と白花先輩がいるから撮りたくても撮れなかったんです~! あっもうこんな時間! 豊さん、最後にもう1か所だけ寄っても良いですか?」

「俺はかまわないぞ?」

「ありがとうございます! じゃあ行きましょう!」


 そう言って、はなたに連れられた場所は……俺のクラスだった。


「最後に行きたいのって俺のクラスか!?」

「はい! すいませーん2人お願いします!」


 はなたが受付の女子生徒にそう言うと、女子生徒は俺を見て驚いた表情を浮かべた。


「はい、どうぞ……って時庭君!? そちらのお連れさんは、もしかして彼女!?」

「違うぞ!? ただの友達だ!」

「そ、そう……まぁいいや! とにかくどうぞ!」


 案内された席に座った俺達に残された時間は多くない。すぐに注文を決めると、はなたがクラスメイトである女子生徒を呼んだ。

 

「すいませーん!」

「はーい! あっ時庭君! さっきはありがとう!」

「どういたしまして」


 俺達のもとへ来たメイド服の人物が杏や白花でもないことに少々ホッとする。

 もし、あの2人がこの光景を見たらどうなってしまうのか、正直不安だったからだ。


「オムライス1つください! 豊さんは?」

「じゃあ俺はパスタで」

「かしこまりました!」


 料理が提供されまでの間、はなたは幸せそうに両手で頬杖をつきながら鼻歌を歌っていた。


「楽しかったぁ……豊さんはどうでした?」

「……想像以上に楽しかったよ。ありがとう」

「良かったぁ……」


 はなたの笑顔に暖かい気持ちを感じていると、注文した料理がテーブルの上に置かれた。


「おまたせしました……」

「ありがとうございます……あっ!」


 突如、はなたが料理を持ってきたスタッフの顔を見て驚く。

 そんな彼女につられて、俺もその人物を顔を見る。


「随分と楽しそうですねぇ? お客様?」


 そう言うのは目の前で顔引き攣らせながら俺を睨む杏だった。


「あ、杏!?」

「豊? これはいったいどういうことかな?」

「いや、その……さっきはなたこいつに会ってよ、杏達との約束の時間まで見て回ることになったんだよ」

「ふーん……それでよくここへ来れましたねぇ?」

「それは、はなたこいつが行きたいって言うから!」


 俺がそう言うと、はなたが杏に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「あら? 杏先輩お疲れ様です~そんなに顔を引き攣らせてどうしたんですか?」

「涼森さん、料理が冷めてしまいますよ? 早く食べて帰ったら?」

「それがお客様に対する態度ですかね~? あっそうだ! 確かオムライスにケチャップで文字を書いてくれるサービスがありましたよね? 書いてくださいよ」


 涼森の注文に杏は立場上断ることができずに、溜め息をつきながらケチャップを手に持った。


「はぁ……なんて書けばいいの?」

「『はなたと豊さん、お似合いだね』でお願いします」

「なっ!? ……わかりました」

「あれ? 随分素直ですね……」

「ここでは涼森さんはお客様ですから……はい、お待たせしました!」

「あ、ありがとうございま……ってこれなんですか!?」


 はなたのオムライスに杏が書いたもの……それは綺麗な髑髏どくろマークだった。


「あっ間違っちゃったぁ! てへっ!」

「絶対わざとですよね!? すいませーん責任者の人いますかぁ!? このメイド、ポンコツでーす!」

「ちょっと! 誰がポンコツよ!」


 いがみ合う二人を見ながら、俺はなぜか笑顔になっていた。


 ――文化祭ってこんなに楽しんだな……。

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