第55話 辛そうでした


 ついに明日までに迫った文化祭。一通りの準備も終わり、あとは最終確認と細かな微調整をして本番に臨むわけだ。

 しかし、後数分で家を出なければ遅刻してまうこの時間、俺はマスクを着けてベッドの上にいた。

 

 「げほっげほっ!」


 あー頭いてぇ……。


 激しい頭痛を感じていると脇に挟めていた体温計が鳴る。

 虚ろな視界で映った確認した体温は39.2度。完全に体調を崩したらしい。

 

「げほっげほっ!」


 咳が止まらない。高熱でぼーっとしたまま天井を眺めていると部屋の扉がノックされる。開いたドアからは白花が顔を覗かせた。


「豊……大丈夫?」

「だ、大丈夫……」


 そう言ったものの白花は不安そうな表情を崩さない。俺の言葉はただの強がりだと気づいているからだ。


「そ、そろそろ……行かないと……遅刻するぞ?」

「でも、豊こんなに辛そうなのに……私心配だよ」

「大丈夫だから……早く学校に行かないと、今日もいろいろ準備があるだろ?」

「でも……」


 かたくなに、そばを離れようとしない白花にどうしたものかと悩んでいると、また部屋の扉がノックされる。次に室内に入ってきたのは杏だ。


「白花? そろそろ行かないと遅れるよ?」

「でも豊が……」

「豊が心配なのはわかるけど、そっとしておいてあげないと豊の体調も良くならないよ? だから、とりあえず学校行こう?」

「……わかった。豊、いっぱい寝て早く元気になってね」

「あぁ……行ってらっしゃい」


 杏の説得のおかげもあり、白花と杏は学校へ向かった。

 じいちゃんも仕事で出ているため、家には俺1人。体調も相まってか、なんとなく心細さを感じているとスマホにメッセージが届く。

 確認すると……相手は先程学校へ向かった杏だった。


『なにかあったら私に連絡してね』


 短いながらも彼女の気遣いに『ありがとう』と返信すると、再びメッセージが届く。今度は白花からだった。


『辛くなった連絡してね? すぐ帰るから』


 白花あいつならやりかねない。もし俺が『やっぱしんどい』と送ったら授業中だろうが大急ぎで帰ってきそうだ。

 だから白花には『大丈夫だから、心配すんな』と返して、スマホを置いて目を瞑る。


 ――数時間後、再び目を開けた俺は再度熱を測る。同時にスマホの画面を除くと、複数のメッセージが届いていた。

 1件は、はなただ。


『大丈夫ですか? 体調を崩したと聞きました。お大事にしてくださいね! あなたのはなたより』


 もう1件は、東から。


『お前が休んだせいで、杏ちゃんと白花ちゃんが元気ないぞ。早く治して明日楽しもうな』


 やばい、気が滅入っているせいかちょっと泣きそうだ。


 2人に簡単な返信をすると、体温計が鳴る。確認すると39・5度、さっきより上がっている。


 ……この調子じゃ、明日は無理かな。

 

 去年は停学の影響もあって文化祭には参加できなかった。明日が俺の高校生活初めての文化祭になる予定だったのだが、さらに1年持ち越しになりそうだ。

 正直なところ、楽しみだったしクラスメイトと試行錯誤を繰り返して作り上げた催し物を見たかった。


 時刻は13時。今日は授業が無い為、皆明日に備えて最終調整している頃だろうか?


 「……文化祭出たかったなぁ」


 落ち込んだ声が静まり返った部屋に響く。すると、1階から誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。


 誰だ? じいちゃんは仕事だし、白花と杏は学校のはずだ。


 ドタドタとせわしなく上がってくる人物は2階に辿り着くと、すぐに俺の部屋の扉を開けた。


 ――姿を現したのは白花と杏だった。


「豊! 大丈夫?」

「あっ! 駄目だよ白花。静かにしないと……」

「白花、杏? 学校は?」


 当然の疑問に杏が苦笑いをしながら答える。


「ちょっと足りない物があって急遽買い出しに行くことになったの。そしたらクラスの皆が、先生には黙っておくからついでに白花と2人で豊の様子見ておいでって。私達よっぽど元気なかったみたい。どう? 少しは良くなった?」

「いや……むしろ熱は上がってる。この調子じゃ明日も無理かもしれないな」


 そう言うと、杏は「そうなんだ」と言って残念そうな表情を浮かべる。しかし、隣の白花は納得できていなようだ。


「諦めちゃ駄目だよ豊! ……そうだ! ちょっと待ってて!」


 何かを思いついたのか、白花は部屋を飛び出していった。


「白花、なにするつもりなのかな……」

「さぁな……げほっげほっ!」

「大丈夫? 体調悪いの押しかけてごめんね。すぐ出ていくから!」


 杏が立ち上がると、俺は先程まで感じていた心細さを思い出す。


「……杏?」

「え、なに?」

「もう少しだけ、いてくれないか?」

「……!」


 杏は驚いた顔を見せるが、すぐに優しく微笑んで俺の真横に腰を下ろした。


「もちろんいいよ」

「ありがとう……明日の文化祭、俺がいなくても食べ過ぎるなよ?」

「……」

「杏?」


 ジョークの1つでも言って場を和ませようとしたが杏は顔を俯かせ悲しそうな表情を見せた。


「私、豊と回りたいよ。だから、まだ諦めないでよ。今年の文化祭も豊がいないなんて嫌だよ……」


 今の言葉は失言だった。頭がぼーっとするあまり、俺が停学になったことを「自分のせいだと」気に病んでいたことを忘れていた。


「……そうだな。杏と白花の言う通り、諦めるのはまだ早いよな。よし全力で休んでなんとか治してやる」

「ふふ、『全力で休む』ってなんかおかしくない?」


 杏の表情に明るさが戻る。すると、彼女はそっと俺の手を握って優しく見つめる。

 彼女には昔から助けられてばかりだ。


「あ、杏?」

「なに?」

「いつも、ありがとう」

「ふふ、いきなりどうしたの? 豊って弱ると素直になるよね。でもね、お礼を言うのは私の方。豊、いつも一緒にいてくれてありがとう」


 恥ずかしげもなく、そう言う杏の優しい笑顔に思わずドキッとしてしまい、返す言葉が見つからない。

 そのまま少しの間、互いを見つめあっていると突如部屋の扉が開く。驚いた杏はすぐさま握っていた俺の手を離す。

 そして、扉から姿を見せたのはお盆に料理を乗せた白花だった。


「おまたせ! 豊の為に元気になるお粥作ってきたよ!」

「「えっ」」


 俺と杏が同時に顔を引き攣らせる。理由は白花の料理だ。

 白花が作る料理は常軌を逸している……良くない理由で。今彼女が「お粥」といった料理も、何故か濃い緑色をしており、所々からマグマのようにボコボコと何かが噴き出している。

 以前白花が作ったカレーライス(仮)を食べた時はそのまま意識を失って、その後の記憶が少し曖昧になった。


 この体調で白花の料理を口にしたら、そのお粥が最後の晩餐にならないだろうか?


「白花……? ちなみに聞くが、そのお粥には何を入れたんだ?」

「体に良さそうなものいっぱい入れたよ! ビタミン剤に解熱剤、あとは納豆とかその他にもたくさん! あっ豊のべっこう飴も入れたよ!」

「あ、味見はしたのか?」

「ううん! 早く豊に食べてもらいたくて味見はしてない! あっ杏も食べたかった?」

「わ、私はいいよ! お腹減ってないし……あっそうだ! ちょっと用事あったんだった!」


 杏はそそくさと部屋から出て行く。

 

 あいつ、逃げやがった!

 

 いつも支えてくれた幼馴染に簡単に見捨てられた俺の口に、白花が早速料理を運ぼうとした。


「はい、豊。あーん」

「し、白花……ちょっと待っ……むぐっ!」


 すべて言う前に白花は俺の口にお粥を押し込む。

 口から全身へ広がる衝撃に俺の意識はたちまち体と分離した。


 しかしこれが効いたのかが定かでは無いが、俺の体はみるみる回復し文化祭当日には全快していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る