第52話 泣いてばかりでした
どうしてこうなったのか……。
ただの勉強会のはずが、どうして年頃の異性3人と同じ屋根の下で寝ることになったのだろうか? しかも全員が同じ部屋で……。
「はぁ……」
溜め息をつく俺は3人が寝られるように部屋の中央にあった机を隅に移動させて、布団を敷く。
俺の部屋はそんなに広くない。3人分の布団を敷けば床がほとんど見えなくなった。
「……こんなもんか」
布団を敷き終わった頃、丁度良いタイミングで風呂から上がった杏が部屋の扉を開けた。
「ふー良いお湯だった~! あっ布団敷いてくれたんだね、ありがと豊。お風呂空いたからどうぞ?」
「あれ? 涼森も一緒に入ったのか?」
「うん。涼森さんも別で入ったら豊が入るころにはお湯冷めちゃうと思ったから」
「そんなの気にしなくてもいいのに……まぁでも気遣ってくれてありがとう。じゃあ俺も入ってくるわ」
部屋を出て浴室に向う途中、肩にタオルをかけ、少し髪を濡らしたままの涼森とすれ違った。
「あっ先輩……」
「どうした? なんか元気ないぞ?」
「い、いや……波里先輩と時波先輩と一緒にお風呂入ったんですけど……なんというか、とてつもない敗北感を感じまして……」
「敗北感? ついに杏と取っ組み合いの喧嘩でもしたのか?」
「違いますよ! ほら、私って背が低いじゃないですか? それで私がお風呂で足を滑らしてよろけた時、後ろにいた時波先輩が支えてくれたんですけど……その時に時波先輩の、それはそれは立派な場所に私の顔が埋まったんですよね……」
涼森の言葉を聞いた俺は頭の中で、その場面を想像してしまう。彼女の身長は見た感じ150あるかないか……身長差を考えると、ちょうど白花の胸の位置に顔が来る。
しかし、この話題は男の俺にとっては反応しずらい内容だ。
「あ……あぁ……そうなのか……」
「それに波里先輩も、時波先輩と違ってサイズは無いけど、モデルみたいにスレンダーだし、なんか生物として負けました……とりあえず、部屋に戻って背を伸ばす方法を調べます……」
「か、確証は無いが風呂上がりのストレッチは良いと聞いたことがあるぞ?」
「本当ですか!? 早速やってみます!」
少しだけ希望を見つけた涼森は俺の部屋へ戻って行った。
その後、俺は浴室で特に運動したわけでもないのに冷や汗と脂汗でべとべとの体を流し湯船に浸かる。
恐らく今日の俺に残された唯一の憩いの時間を満喫していると、突如浴室の扉が開く。
――開いた扉の先から白花がタオル1枚巻いた状態で姿を現した。
「豊ー!」
「は? はあぁぁぁぁ!? ちょ、お前! 入ってくんな!」
あまりにも突然の出来事に、堂々とした姿勢で湯船に浸かっていた俺は体を縮こませて隠すべき箇所を手で隠す。
側から見て……このシュチュエーションは立場が逆だろう!
「どうしたの豊? そんなに驚かなくてもいいじゃん!」
「驚くに決まってんだろ! お前はなんで、風呂に入る格好してるんだ? さっき杏達と入っただろ!」
「そうだけど……さっき3人で背中を洗い合ったんだ! それで『豊の背中も洗ってあげたいな』って思ったの!」
「やらんくていい! 早く出てけ!」
「えー! 私も豊と一緒にお風呂入りたい! 杏とは入ったことあるんでしょ?」
「さっきも言ったがそれは小さい頃の話だ!」
すると、荒げた俺の声が聞こえたのか、杏と涼森も浴室に駆けつけた。
「豊、大きな声が聞こえたけど、どうしたの……って何してるの!?」
「杏! 白花を今すぐ連れて行ってくれぇ!」
――杏と涼森に連れて行かれた白花が俺の部屋で大説教を受けている中、俺はさっさと風呂から上がり、リビングで1人溜め息をつきながらべっこう飴を口に含んでいた。
まさか風呂にまで突入してくるとは……白花の奴、最近は少しマシになってきたと思ったが、まだまだ常識では理解できないことをしでかすな……。
そんなことを考えながら、しばらくリビングで時間を潰していると2階から杏が俺を呼んだ。
「豊ー! もう来ても大丈夫だよー!」
「はいよー」
俺が部屋に戻ると、敷かれた布団の上に正座して、しょんぼりする白花が目に映る。彼女は俺を見るなりすぐさま口を開いた。
「豊……ごめんなさい」
「ったく……俺はもう気にしてねぇよ」
「うぅ……ぐすっ」
余程こっぴどく叱られたのだろう。白花は目に涙を浮かべながら意気消沈としていた。そんな彼女の傍で、どういうわけか涼森は掛布団にくるまって怯えている。
「私……怒った波里先輩が、あんなに怖いなんて知りませんでした……」
涼森がそう言うと、杏は彼女にニコッと笑いかける。
「あら涼森さん? どうかしたの?」
「ひぃ!」
杏の笑みに、涼森は体をビクッと震わせて掛布団をさらに深く被る。そんな彼女を見ている杏はなんだか楽しそうだ。
「杏、もういいだろ? ほら、そろそろ良い時間だし俺は寝るぞ」
「えー! 豊もう寝ちゃうのー?」
「寝る」
そう杏に告げ、俺は自分のベッドに入って目を瞑る。正直絶対に眠れないと思っていた俺の予想は外れ、思いの外すぐに意識は遠のいていった。
――そして、俺が眠ってからどれくらいの時間がたったのだろう? 誰かが寝ている俺をポンポンと優しく叩きながら起こした。
「……豊……ねぇ豊……」
「ん……うーん」
目を開けると薄暗い部屋で、美しい青い瞳に涙を浮かべながら俺を見つめる白花がいた。
「白花? お前、まだ泣いてんのかよ?」
「杏に怒られた事で泣いているんじゃないよ……」
眠っている杏と涼森を起こさないように白花は囁く声でそう言った。
「じゃあどうして泣いているんだ?」
「怖い夢を見たの……」
「それで俺を起こしたのか?」
「だって、ある日突然、豊がどっか行っちゃう夢だったんだもん……うっうっ……」
時計を見ると午前2時。外からは雨の音が聞こえる。「今日の
「ぐす……よ、よがっだ……豊がいてよがっだ……」
「もう泣くなよ白花。俺はちゃんとここにいるから」
「ゆ、ゆだが……どごにもいがないで……」
「行かない行かない」
「ほんど……?」
「あぁ……だから、もう寝ろ」
しかし、白花は俺にくっついたまま離れない。
「豊……」
「なんだよ?」
「お願い……豊の横で寝たい」
「なっ!」
危ない、思わず大きな声を出すとこだった。もし杏と涼森が起きてこの状況を見たらなんと言われるか……。
「なんでだよ?」
「お願い。じゃないと私、眠れそうにないの……」
ずるいぞコイツ……そんなこと言われたら、駄目とは言えないじゃないか……。
「……わかったよ。その代わり、はしゃがないで静かに寝ろよ?」
「……!!」
白花は顔をパッと明るくさせて、布団に潜り込むとヒョコっと顔だけを出した。
「えへへ……ありがと、豊。あったかいね」
「お、おう……」
まずい、思ったよりも白花の顔が近くて緊張してきた!
「ねぇ豊、ちょっと手を貸して?」
「ん? あ、あぁ」
特に深く考えずに俺は白花に右手を差し出す。すると白花は俺の右手を両手で掴み、左の頬に添えると、幸せそうな表情を見せる。
「豊の手、大好き。こうやって触ってると幸せ……」
「な、なに言ってんだよ……」
白花が頬擦りを続ける俺の右手には彼女の体温が伝わる。彼女に聞こえるのではないかと不安になる程、鼓動が高鳴るが、そんな事は構わずに白花は俺をじっと見つめていた。
「豊……ずっと一緒にいてね……」
そう言って彼女は目を瞑り、静かに眠った。
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