第53話 眼に隈ができました
時刻は午前6時、窓からは陽が差し込み鳥のさえずる音が聞こえる。
今日は日曜日、学校は休みなのでこんなに早く起きる必要は無い。しかし、俺はすでに体を起こしベッドに腰掛けていた。
昨日は急遽、白花、杏、そして涼森の3人が俺の部屋に泊まることになったのだが、彼女達は今も目の前で気持ちよさそうに寝息を立てている。
俺は彼女達を起こさぬように、物音を立てずじっとしていると、寝ていた彼女達の中で杏が1番先に目を覚ました。
「うーん……あれ? おはよう豊。こんな時間に起きてるなんて珍しい……ってどうしたのその顔!?」
起きるなり俺の顔を見て杏は驚く。
まぁ無理もない。きっと今の俺の目の周りは隈でひどいことになっているだろうから。
「ちょっと……眠れなくてな」
「どうして……え!? どうして白花がそこで寝てるの!?」
次に杏が驚いたのは俺のベッドですやすやと眠る白花だ。
昨日「豊がいなくなる夢を見た」と泣きながら俺を起こした彼女の「隣で寝させて」という頼みを仕方なく許可した。そのおかげで安心した白花はすぐに眠れたようだが、今度は俺がすぐ目の前で眠る彼女を意識してしまって眠れなくなり、今に至る。
「怖い夢を見たんだとよ。それで『隣に寝かせて』って」
「……それで豊、OKしたの?」
「しょうがないだろ? 白花のやつ、凄く泣いてたんだから」
「……ふーん」
いきなり頬を膨らまし始めた杏に疑問を感じていると、今度は涼森が目を擦りながら体を起こした。
「ふぁ……おはようございます……って起きたら目の前に先輩がいるぅ! あぁ幸せ……!」
「お前は朝からフルスロットルだな……」
「先輩と同じ屋根の下で夜を明かせたんですもの! 嬉しいに決まってます! ……ってなんで時波先輩が先輩のベッドで寝てるんですか!?」
涼森は先程の杏と全く同じリアクションをとる。
「ずるいです! 私も先輩と一緒のベッドで眠りたかったのに!」
「白花が俺のベッドで寝てるのは理由があるんだよ……」
「理由があったとしても……ぐぬぬ、時波先輩め、幸せそうに寝おって……」
涼森に睨まれる白花はいまだに眠ったまま。その顔は心地良い夢でも見ているのだろうか? 穏やかな表情を浮かべながら寝言を言い始めた。
「えへへ……ゆたか~」
今の
そのまま白花の寝言は続く。
「ゆたか~今度は私が背中を洗ってあげるね~」
「はぁ!?」
どうやら白花はとんでもない夢を見ているようだ。
そして杏と涼森も彼女の夢の内容がわかったようで、この時ばかりは犬猿の仲の2人が同じタイミングと目的で白花を叩き起こしにかかった。
「それ以上は駄目だよ白花! 起きなさい!」
「例え夢だとしても、先輩とお風呂に入るなんて羨ま……許しませんよ!」
「えっ杏、涼森さん!? どうしたの……ってきゃああああ!」
――全員が起床し、布団を畳んでいる中、白花は何だか不満そうだ。
「もう! せっかくいいところだったのに!」
「お前は、なんちゅう夢を見てるんだ……」
「私にとっては良い夢だったよ? それよりも豊……眠れなかったの?」
白花は俺の顔を覗き込む。彼女も俺の目にできた隈を気にかけ始めたようだ。
確かこの隈の理由は同じベッドに眠る白花にドキドキしたからだが、それを伝えたら彼女はきっと落ち込むだろう。
「まぁ……いつもよりはな。だけど、大丈夫だ」
「本当? また膝枕する?」
白花がそう言った瞬間、丁度布団を片付け終わった涼森が食いついた。
「また膝枕ぁ!? どういうことですか、時波先輩!」
「どうって、そのままの意味で私が豊に膝枕をしてあげるってことだけど……」
「それはわかります! 私が言いたいのは『また』って言ったところです! 時波先輩は以前、時庭先輩に膝枕をしたことがあるんですか!?」
「あるよ? 豊、すぐ寝ちゃって可愛かったんだから!」
「なっ!?」
わなわなと震え始めた涼森に、俺は段々と嫌な予感がしてきた。
すると、火に油を注ぐかのように杏が「ふふん」と笑って涼森を煽り始める。
「私も豊に膝枕をしたこともあるし、されたこともあるもんね!」
「おい杏! 余計なこと言うな!」
しかし時すでに遅し。杏の言葉で涼森は俺に詰め寄っては、そのまま俺を見上げて問いだす。
「時庭先輩! 2人が言っていることは本当ですか!?」
「う、嘘ではないな……」
「……先輩、私の言いたい事わかりますよね?」
小さな体から、ものすごいオーラを放つ涼森。そんな彼女に俺は少したじろぐ。
「えっと……お前に膝枕をすればいいのか?」
「それだけじゃないですね……波里先輩と同じように私も先輩に膝枕してあげたいし、されたいんですよ。今ここで!」
「今!?」
それは無理だ。もしここで涼森の要望を叶えようものなら、そこでジト目で睨んでいる杏と、今にも「ずるい!」と言いだしそうな白花が黙っちゃいないだろう。
「い、今は無理だ……ほ、ほらもう少しで朝食だし。そうだ! 他にもう少し軽い頼みなら聞くぞ?」
「……確かに先輩の言う通り、膝枕はもっと先輩を堪能できる時の方がいいですね。わかりました……じゃあ、それ以外のお願いを聞いてもらっても良いですか?」
「あぁ……それで、お願いは?」
涼森は少し考える素振りを見せると、「あっ」となにか思いついたように顔を上げた。
「前から思ってたんですけど、先輩達を呼ぶ時って結構ややこしいなって思ってたんです。だから下の名前で呼んでもいいですか?」
彼女の提案に俺は安堵する。もっと凄い要求をされると思っていたからだ。
「なんだ……そんなことなら俺は構わないぞ。白花と杏も良いよな?」
白花と杏が「うん」と返すと、涼森は嬉しそうに笑った。
「やった! じゃあ、杏先輩に白花先輩。そして豊さん!」
「ちょっと涼森さん! なんで豊だけ呼び方違うのよ!」
突っ込む杏に涼森は淡々と答える。
「いいじゃないですか? ね、豊さん?」
「え? まぁそれくらいなら、俺は別に困らないけど」
俺がそう言うと、杏は少し難しい表情を浮かべる。俺の呼び方1つでなぜあんな反応をするのかはわからないが……。
そんなことを考えながら、時計を見るとそろそろ朝食を作り終えたじいちゃんが俺達を呼ぶ時間だった。
「そろそろ下に降りようぜ? 涼森も、とりあえずいいだろ?」
「……いいえ、まだあります! 豊さん、私の事も下の名前で呼び捨てで呼んで欲しいです!」
「し、下の名前か……?」
「はい! お願いします!」
特に拒む理由が無い。しかし、年齢が近い異性を下の名前で呼ぶことは思春期の男にとって勇気が必要なことなのだ。
「……はなた」
俺が涼森の下の名を呼ぶと、たちまち彼女は目をキラキラさせながら、その場で足をばたつかせて喜びを表すと、人差し指を立ててこう言った。
「……!! もう一回! 豊さんもう一回お願いします!」
「はなた」
「あ、もう駄目だ。我慢できん」
何かのリミッターが外れたように、彼女は俺に飛び掛かっては首のあたりに腕を回す。
突然のことに俺、杏、白花の3人が
――彼女は俺に飛びついた勢いのまま、俺の頬にキスをしていたのだ。
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