秋風の奏に紅葉は踊る

第50話 要注意人物が襲来しました。

 蝉の声も少なくなり、夜はもう半袖では物足りないかと感じてきた頃、時庭家では白花と杏によって警戒態勢が敷かれていた。


「そろそろ時間だね……杏」

「うん。白花、覚悟は良い?」


 今日はが来る日。きっと、平和な1日にはならないだろう。

 それでもだ。俺は窓から外をじっと見ている彼女達に突っ込まずにはいられなかった。


「まだ約束に時間まで1時間もあるぞ? そんなにピリピリしなくてもいいんじゃないか?」

「「豊はわかってない!」」


 見事にハモった彼女達は振り返って俺を睨む。


「あの子はもう来るよ、絶対に! ね、白花?」

「なんだかよくわかんないけど、杏がそう言うなら絶対来るね!」


 杏はいつの間にか白花を「ちゃん」づけで呼ばなくなった。それからというものの、以前に増して仲が良くなったように感じる。まぁ、仲が良いことに越したことはないが。


「よし白花、もう一度作戦を確認しよう」

「うん!」


 来るべき戦いに備えて、彼女達は昨日の夜から準備をしてきた。杏は「煩悩退散」と書かれたお札を持ち、白花には「私が提督です。命令は絶対です」と書かれている襷をかけている。


 ――ピンポーン。

 インターフォンから来客を知らせる音が鳴った。すると、俺よりも先に杏が動く。


「はい、どちらさまでしょうか?」

『……どうしてあなたが先輩の家のインターフォンに出るんですかね?』

「私は豊の幼馴染なので~」

『ちっ!』

 

 インターフォン越しから舌打ちが聞こえる。このままではいっこうに予定が進みそうにない。


「なにやってんだよ……ほら変われ杏。すまん、今行くよ」

『先輩! あぁ先輩の声聞くだけで安心感ヤバイ……』

 

 こいつは何を言っているんだ……。

 若干引いてる俺の横で白花が「その気持ちはわかる!」と頷いているのは反応しないでおこう。

 

 来客を待たせ続けるわけにもいかず、玄関まで迎えに行く。

 扉を開けると、今日の予定とは明らかに見合わない大荷物を持った涼森が姿を見せた。


「お邪魔しまーす!」

「す、涼森……なんだ? その荷物は?」

「これですか? 初めて先輩の家に来るので、いろいろ準備してたらこんなになっちゃいました!」

「それにしても多すぎるだろ! 海外旅行でも行くのか!?」

 

 驚く俺の隣で、杏は顔を引き攣らせている。


「涼森さん……あなたは今日、勉強しにきたはずじゃ?」

「もちろんそうですよ? あと気なってたんですけど、その『煩悩退散』って書かれたお札はなんなんですか? 時波先輩に至っては変な襷かけてるし……まぁいいや! さぁ先輩、早く先輩の部屋に行きましょ!」

「あっ待て! まだ話は終わってないよ!」


 杏を無視したまま、涼森は俺を引っ張って部屋に辿り着くと、興奮で息を荒げる。


「ここが……先輩の部屋! 先輩の香りがする! たまらん!」

「その言い方、変態みたいだぞ」

「あら? 私は先輩のことなら変態級だと自負してますよ?」


 曇り無き眼差しで言い切った涼森に深い溜め息をついていると、すぐ後を追ってきた杏と白花が涼森を案内した。


「さぁさぁ涼森さん? あなたの席はここですからね?」

「はい、麦茶です! ……あれ? 杏、私の席どこだっけ?」

「白花は豊の右隣だよ。 それで私が豊の左隣」

「ちょっと待ったぁ! どうして、波里先輩と時波先輩が時庭先輩の隣なんですか! 私が隣でしょう!」


 異議を唱える涼森に杏はニヤリと笑う。


「これはもう決定事項なの。それに涼森さんはお客様だから、ちゃんと上座に案内しないと」

「それはいやぁ! 私も先輩の隣がいいよぉ……そうだ先輩! 先輩は誰と隣が良いですか?」

「えっ!?」


 駄々をこねた涼森が非常に困る質問を飛ばしてきた。

 そんなの決められるわけない。この中で誰を選ぼうと、選ばれなかった側は大暴れ、もしくは大泣きするとわかっているからだ。

 俺の隣に座ることができるのは2人で、1人余ることになる。

 例えば、白花が余ったとしよう……大泣きする。涼森は……永遠と駄々をこねる。杏は……ブチ切れる。

 

 ――ていうか、なんでそんなに俺の隣がいいの? いや3人とも俺に懐いてくれているからか……涼森だけは恋心ゆえというのはわかるが。


 やはり、俺の独断で決められる問題じゃない!


「……くじで決めてくれ」


 渋々三人はくじを引いて座る場所を決めた。結果は……最初と変わらず、俺の隣は白花と杏。向かい側には涼森という位置で勉強会が始まった。


「残念でしたね涼森さん。くじで決まったものはしょうがない」

「もういいですとも。これくらいの壁を乗り越えられないようじゃ、先輩の彼女になんてなれませんから!」


 平気を装う割には表情は明らかにがっかりさせている涼森を可哀想に思った俺は、せめてもの気晴らしになるように積極的勉強を教えることにした。


「おい涼森、ここ間違ってるぞ?」

「え? うーん……このたぐいの問題、ややこしくて苦手です」

「その気持ちわかるぞ。俺も苦手だった。確か解き方は……」


 涼森に問題を教えていると、白花が口を挟む。


「あっこの問題だったら、この公式使ってみて! 途中の手順を短縮できて楽に解けるから!」

「どれどれ……本当だ、簡単に解けた! 凄いな白花!」

「えへへ……豊に褒められた……」


 嬉しそうな白花を見ている涼森は何故か悔しそうだ。


「ぐぬぬ……勉強面では勝てないか」

「対抗するなよ涼森。白花はめちゃくちゃ頭良いからな」


 その後も、世間話や涼森が暴走したりと、あまり良くないペースで勉強会は進む。

 気がつくと、窓の外は薄暗くなっていた。


「さて、そろそろ良い時間だな。涼森、そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」

「え?」


 頭にクエスチョンマークを浮かべながら、持ってきていた荷物を漁っている涼森に杏はニコッと笑う。


「そうよ涼森さん。遅くなるとご両親も心配するし、早く帰りなさいな?」

「……その必要はないです!」


 涼森は鞄から、何か取り出す。

 

 彼女が持っていたのは……パジャマだった。


「私、今日先輩の家に泊まりますから!」

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