第49話 彼女も涙を流しました

「――ということがあったんだ」


 去年の今頃、上級生に襲われた私を豊が助けてくれたこと、そして上級生4人に重症を負わせた責任で停学になったことを白花に伝えた。


 あの事件は関係者しか知らない。でも、豊の家に住み、毎日を私達と一緒に過ごす彼女は知るべきだ。

 豊は悪くない。私は今でも、豊が停学になったのことが納得できない。白花ちゃんにも誤解してほしくないけど、それをどう思うかは彼女次第。


 反応を伺う為、恐る恐る彼女の顔を見る。

 

 ――彼女はその綺麗な青い瞳から涙を流していた。


「し、白花ちゃん!? どうしたの!?」

「杏、怖かったね……豊が助けてくれて良かったね……」


 涙を拭いながら答える彼女にホッとしつつ、ポケットからハンカチを取り出す。


「ありがと。ほら、これで涙拭いて?」

「うん、ありがとう」


 白花ちゃんは涙だけではなく、鼻をかんで少し落ち着くと、私に笑顔を見せた。


「それにしても、豊凄いね。年上4人をぶっ飛ばしちゃったんだ」

「豊って普段大人しいから、あの時は私も驚いたよ? 小さい頃から知っているけど、あんなに怒った豊初めて見たし」

「それは杏だから怒ったんじゃないかな?」

「……そうなのかな?」


 私だから豊は怪我をしてまで助けてくれたか……もしそうだったら、嬉しいな。


 もし違うとしても、豊が助けてくれたのは事実。あの事件がきっかけで私と豊はこうして、仲の良い幼馴染でいられるようになった。

 今でも思い出すと、恐怖で体が震える時もある最悪な記憶だけど、忘れられない思い出でもある。


 胸のあたりに恐怖によるゾワゾワとした不快なものと、ポカポカとした心地良いものを同時に感じていると白花は独り言のようにボソッと呟いた。


「もし私が杏みたいにピンチになったら、豊は助けてくれるかな?」

「……当たり前だよ!」

 

 彼女にはそう言うものの、そうなっては欲しくない。

「豊が傷を負ってまで助ける存在は私だけがいい」と卑しく考えてしまう自分が嫌だ。

 そんな私に白花はニコッと笑う。


「だったら嬉しいな。それにしても杏、そんな経験したのに普通に男の人と話せてるの凄いね」

「実はね……豊や源さんとか一部の人以外の男、今でも怖いんだ。でも、皆が皆悪い人じゃないでしょ? 毛嫌いするのも、なんか違う気がしてさ」

「そっか……もしかして海に行った時、変な男の人達に強引に腕を掴まれてたけど、あの時も怖かったの?」

「すっごく怖かったよ! 泣きそうだったんだから!」

「そうなんだ……でも、また豊が助けてくれたんだね」


 彼女の言う通り、あの時も豊が助けてくれた。熱中症で体調が悪かったはずなのに。なんだか、似てる。


「うん。私、豊に助けられてばかりだね」

「豊、杏のヒーローみたい。なんだか羨ましいかも」


 俯く彼女に、ちょっぴりモヤっとした感情を抱く。


「羨ましい? どうしてそう思うの?」

「なんでだろう? よくわからないけど、そう思っちゃったの」

「……」


 胸のモヤモヤが大きくなる。彼女は豊のことが好きだ。でもそれは、異性としてではなく人としてであって、きっと彼女自身もそう思っているだろう。

 記憶が無い影響か、彼女は異性に向ける好意と、家族や友人に向ける好意の違いを理解できていない。

 しかしこの先、その違いを理解してしまったら彼女にとって豊の存在はどう変化するのだろう? 

 それこそが私にとって、彼女が豊の家で生活する一番気になるところだ。


 返事をせず言葉に詰まる私の顔を、白花ちゃんが覗く。


「杏?」

「え? あぁごめん! ちょっと考え事してた」

「大丈夫? もしかして、具合悪い?」

「ううん、本当に大丈夫だよ」

「なら、良いけど……今度、杏がピンチの時は私も助けるからね! 杏が特別なのは豊だけじゃないんだから!」


 彼女の言葉に胸が暖かくなる。


 白花ちゃんは本当に優しくて、良い子だ。


 出会った頃は、安易に豊に抱き着いたり、甘えたりする彼女に対する印象は最悪で、表へ出さないようにするのが大変だった。

 最初こそ豊の家に出入りする口実として利用していたけど、一緒に過ごしていくうちに私も彼女が大好きになっていたし、今では誰にも話したことがなかったあの事件を話せる程の親友。

 彼女の良さを知ってしまったからこそ、一緒に住む豊が彼女に惚れてしまうのでないかと不安になる。


 ――私の中では、彼女もかけがえのない存在だ。


「ありがとう。白花ちゃんも何かあったら言ってね」


 そう言うと、彼女は少し上を向きながら「んー」と言って、なにか考える素振りを見せる。


「実は今1つあるんだ」

「え、なになに? 教えて?」

「あのね、杏が豊を呼び捨てにするみたいに、私のことも『白花』って呼んでほしいな」


 ある意味想像以上である彼女の言葉に、構えていた自分が馬鹿らしくて、つい吹き出してしまう。


「ぷっ……あははは! そんなこと~?」

「そんな笑うことないじゃん! もう!」

「ごめんごめん。もっと大きい悩みを相談されるかと思ってさ!」

「確かに他の人にとっては些細なことかもしれないけど、これでも私はずっと気にしてたんだよ?」


 頬を膨らませる彼女に私は笑いすぎで溢れた涙を指で拭う。そして、彼女の要望を叶えることにした。


「ふふふ……あー可笑しい。わかったよ白花!」


 余程この言葉が嬉しかったのか、白花はとびきりの笑顔を見せて返事をする。


「うん! 杏、大好き!」


 

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