第34話 隠し事はすぐバレてしまいました
白花が携帯を手に入れた翌日、とっくに日は登っているが俺はまだベッドの中にいた。
今日は久々に家を出る予定がない。だから、今日こそは気の済むまで寝ていられる。もちろん彼女達2人との外出が退屈だったわけではないが、1日くらい昼過ぎまで寝て、堕落した時間を過ごしたいものだ。
しかし、そうはいかない。時刻は7時、俺のスマホに誰かからの着信が入る。寝ぼけていたせいか、相手が誰なのかを確認せずに応答ボタンを押す。
「はい、もしもし」
「もしもし? あっ豊起きた?」
スピーカーから聞こえる声の主は白花だった。
「白花かよ! わざわざ電話で起こすな!」
「だって、楽しいんだも……!」
白花が全てを言い終わる前に俺は通話を終了させて、再び掛け布団に籠る。すると、スマホに1件のメッセージを知らせる通知が表示された。無視しても良かったが、緊急の連絡かもしれない事を懸念して、念の為メッセージを確認する。
相手は、やはり白花。内容は「おはよう。今日はどこ行く予定?」とのことだ。俺は返信せず、再び掛け布団に籠る。
昨日からずっとこうだ。スマホを手に入れた彼女はすぐ隣の部屋にいる俺でさえ、わざわざ電話やメッセージを使用するようになってしまった。初めてスマホを手にして、いろいろ使ってみたい気持ちはわからなくもないが……。
布団に入り直して2、3分程経った頃、突然俺の部屋のドアが開くと同時に白花が駆け込んでは俺の寝ているベッドに飛び込んでは、のしかかってきた。
「ゆたかぁ〜! どうして無視するのー!?」
「ぐえっ!」
「私知ってるんだからね! 送ったメッセージに『既読』ってついたら、相手はもうメッセージを確認しているって! 私のメッセージ『既読』ってついてたのに豊から返事こなかったよ?」
悲しむ白花に俺は言葉を返さない……いや、返せない。何故ならベッドに飛び込んだ白花はそのまま俺に抱きついたが、その際に俺の顔は彼女の胸の位置……ようするに白花のボリュームのある胸に押し付けられて話すどころか息をするのがやっとの状態なのだ。
そんな俺の状態に気づかず、白花は俺に問いかけ続ける。
「なんで返事してくれないのー? 豊に無視されたら私すっごい悲しいよー!」
お前のせいで喋れないんだよ!
心の中で叫ぶが、変わらず白花は気付かないまま俺を強く抱きしめて続ける。すると、「バァン!」と窓を振動させる程のとてつもない轟音が響いた――。
音に驚いた白花はさらに強く俺を抱きしめる。
「きゃ! なになに!?」
「うぐっ!」
「ねぇ豊、なんの音? 怖いよー!」
白花が抱きしめる力を強めたせいで、先程までかろうじて可能だった呼吸さえもできなくなった俺はついに酸欠に陥り、バタつかせていた手足をぶらんと下げた。
抵抗を諦め、白花に身を任せていると部屋の扉が開き、誰かが何か叫びながら入ってくる――声からして杏だろう。
「凄い雷ー! 怖いー……ってなにしてるの?」
途中までは怯えた様子の杏は、俺と白花の姿を確認した途端に声のトーンが下がっていた。
「杏、おはよ! 聞いてよ〜豊が私に酷い事するの!」
「……! 豊、あんたついに白花ちゃんに手を出したのね! 最低! このスケベタカ!」
いや、どちらかと言うと被害者は俺の方なんだが!?
自堕落な時間を過ごすはずだった俺の朝は杏から
「白花ちゃん? 前も言ったけど、安易に人に抱きついちゃダメだよ? 特に同年代の男の人に!」
「だって、豊が無視するから……それに男の人で抱き着くの豊ぐらいだよ?」
「豊だから駄目なの! ……あっ」
明らかに「しまった」と言わんばかりの表情する杏。何故俺だから駄目なのかはわからないが、その理由を俺が聞く前に白花が先に口を開いた。
「えっ? どうして豊だから駄目なの?」
「えっと、その……と、とにかく駄目なものは駄目なの! あと、すぐ近くにいるのに電話したりメッセージするのも禁止!」
「えー! じゃあ写真……写真ならいいよね? 今日の豊の寝顔も可愛かったんだよ! ……あっ」
自らが放った言葉がどういう意味を持っているのか理解した白花は、即座に両手で口を塞いだが既に遅い。自爆した彼女の言葉を俺は聞き逃さなかった。
「おいちょっと待て。『今日の寝顔も可愛かった』? まるで俺の寝顔を見たような言い方だな……」
「み、見てない見てない! 杏、私見てないからね?」
「ふーん……じゃあ白花ちゃん、見てないなら携帯の写真フォルダ見せてもらえるよね?」
「……! な、なんで!?」
明らかに動揺している白花に俺と杏が詰め寄る。こんな時、大抵は何かあると白花と杏の2人に対し、俺が1人になることが多いが今日は違う。なんだか少し面白くなっている自分がいる。
「何もやましいことがないなら、写真フォルダ見せてくれるよね? 白花ちゃん?」
「撮ってないよ! 昨日買ってもらったばかりだし、まだ1枚も撮ってない!」
「見せてくれたら豊のべっこう飴1つ多く食べていいよ?」
「おい! なんで
俺の意思は反映されない杏の提案に白花はかなり悩んでいるようだ。少し時間が経つと決心がついたのか、何かを諦めたかのような表情をしながらスマホをこちらに差し出した。
「うぅ……」
「やっと観念したね白花ちゃん、どれどれ?」
白花からスマホを受け取った杏は早速写真フォルダを開くと、100枚程度の写真が保存されていた。そのほとんどに写っているのが……8割が俺で残りが杏やじいちゃんだ。
2、3枚程度はあるだろうと思っていたが、その想像を遥かに変えてきたことに驚きを隠せない――というか少し引いている。
「お前……この短い時間でどんだけ撮ってたんだよ……」
「昨日の晩御飯を食べてる豊の写真もある……いつのまに撮ってたの……?」
想像を超えたボリュームの写真の枚数に俺と杏は驚愕しながら写真フォルダを見ていると、中には白花がさっき口を滑らせた俺の寝顔が移った写真があった。日付は今日……こいつ勝手に俺の部屋に忍び込んで写真撮ってたな!?
一通り見終えると、白花がようやく口を開いた。
「……楽しくて、ついたくさん撮っちゃいました」
「と、とにかく無断で人の写真は撮っちゃ駄目だよ?」
いつものように白花の過ぎた行為を杏が注目すると、白花から驚きの言葉が飛び出た。
「ということは、杏が携帯の待ち受けにしてる豊の写真は、豊に『撮っていいよ』って言われて撮ったの?」
「な、なんで知って……! じゃなくて、一体なんのことかな?」
「だって私見たよ? 杏が携帯つけた時の待ち受け……確かに豊だったもん!」
2人の会話にいてもたってもいられず、俺は言葉を割り込ませた。
「どういうことだ!? 俺の写真が待ち受け? おい杏、逃げるな携帯見せろ!」
自らの立場が危うくなったのを察したのか逃げ出そうとする杏を呼び止めると、彼女は自ら耳を塞いだ。
「あーあー、何も聞こえなーい」
こいつ!
げんこつの1発でもくれてやろうかと思っていると、先程まで大人しかった白花がキラキラした目をして口を開いた。
「ねぇ豊、豊が良いなら私と写真撮ってくれる?」
「はぁ!? どうしていきなり……」
「だって豊に無断で撮っちゃ駄目なんでしょ? それなら豊に許可を貰えば撮ってもいいってことだよね?」
白花の言う事は間違ってはいない。ただ、ここですんなりOKサインを出したら彼女はところ構わず写真を撮りまくる気がする。しかし、「NO」と言えば彼女はまた泣き喚きそうだ。
迷った挙句、俺はこう答える。
「……1枚だけだぞ」
「やったぁ! じゃあじゃあ私と一緒に撮ろ?」
「い、一緒にか?」
「うん、こうやって!」
白花は俺に体を寄せ、カメラを内側に向ける。現代の若者ならほとんどが経験するであろう、「自撮り」というものだ。しかし白花のそれは俺達の知るスマホの自撮りとは決定的に違う点がある……それは俺と白花を写しているカメラはスマホの背面カメラである事。彼女は最近であれば大抵のスマホに搭載されている画面側のカメラを知らなかった。
「うーん、これじゃ私達がちゃんと写ってるかわからないなぁ」
白花が自撮りに苦戦していると、耳を塞いでいた杏が開き直った様子で声をかけてきた。
「しょ、しょうがないなぁ! どれどれ貸してみなさい?」
杏が差し出した手に白花は素直にスマホを渡す。スマホを受け取った杏は慣れた手つきでスマホの画面側のカメラを起動させると「これでよし」と言いながら画角を調整したスマホ画面には俺達3人が綺麗に収まっている。
「はいはーい笑ってー、ハイチーズ!」
杏の掛け声と共にシャッター音が鳴る。3人で撮った初めての写真。
写っていた酷い寝癖の俺の顔は、自分が思っていた以上に笑えていた――。
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