第33話 ちょっと、いやだいぶ気が引けました
「白花ちゃん、どんなのがいい?」
「どんなのがって言われても……よくわからないなぁ」
白花は首を傾げながら悩んでいる。今日俺達3人が向かう場所は、大手通信キャリアのショップ。今日は白花の携帯電話を選びに来たのだ。
「でも、本当にいいの? スマホって高いんでしょ?」
「何度も同じ事聞かなくて大丈夫だって、俺とじいちゃんで話し合って決めた結果なんだから」
初めて会った時の所持品はあの白い花だけで、それ以外は衣服すら身につけていなかった白花は、当然ながら携帯電話など持っていない。
そんな彼女に俺とじいちゃんは話し合って、彼女用のスマホを買う事にした。肝心の白花自身は「時庭家の負担が増えちゃう」と乗り気ではないようだが……。
しかしネットワークが発達した現代で、年頃の女性が通信手段を持たないのはあまりに不便だ。学校にも通うようになったし、クラスメイト間での連絡事項を伝える為の手段、そして防犯的な意味合いでも持たせるべきだろう。
目的地の店に着くと先に杏が店内に入り、並べられた最新のスマホを眺め始めた。
「ふーん、最近の機種ってカメラ機能が良くなってるんだねぇ……」
「そうらしいな。この前、東のスマホで撮った写真見せてもらったけど、凄く綺麗に映ってたぞ」
「江夏くん、新しい物好きだもんね。新しい機種でたらすぐ買ってるし」
「今度出る新作も買うみたいだぞ。 それで……どうだ白花、何か気になる機種はあったか?」
「うーん……特にこだわりも無いし、安いやつでいいよ! ほら、ここのコーナーとか安いの多いよ!」
白花が指差した棚には、現在の最新モデルよりも前のモデルのものが並べられていた。価格も最新の機種と比べて、かなり安い。
その中で、杏が1台のスマホを指差した。
「あ、これって豊が使ってるやつと同じ機種じゃない?」
「そうだな。3世代前のモデルだし、俺が買った時よりだいぶ安くなってるな」
少し使用感が目立つ俺の物とは違い、同じモデルでも傷の無い真新しいスマホを杏と見ていると、白花も同じ物に興味を示し始める。
「……これって豊と一緒なの?」
「色は違うけど一緒だな。俺のはグレーだが、ここに並んでるのはホワイトしかないようだ」
そう言うと、「そうなんだ」と言って、スマホを手に持った白花は、なにかに気づいたようにハッとした表情を見せた直後、俺にスマホを差し出した。
「これにする! 豊とお揃い!」
「なっ!?」
驚きの声をあげたのは俺ではなく、何故か杏だった。
「……? どうした杏?」
「な、なんでもない! それよりも白花ちゃん、ほんとにこれにするの? 結構古いタイプだよ?」
「そうだぞ白花。最高モデルとまではいかないが、無理に安いやつにしなくても良いんだぞ?」
彼女は迷う素振りを見せずに即答する。
「豊と一緒なのがいい!」
「そうか……まぁ、白花がそう言うなら俺は別にいいけどよ」
「うん! お願いします!」
白花のスマホ選びは想定よりも早く終わり、俺と同じモデルのスマホを手に持つ白花の顔は、新しい玩具を買い与えられた子供のような表情をしていた。
最初は「別にいらない」と言っておきながら、いざ手に入れると嬉しいようだ。
……しかし、不可解な点がある。
嬉しそうな白花の傍らで杏も何やらワクワクした表情をしている。理由は杏の腕に下げられている新しいスマホが入った紙袋。
そう、杏もスマホを買い換えたのだ。しかし、俺が感じている不可解な点とは彼女が買い換えた、そのスマホ本体。
「杏……本当に良かったのか?」
「え? 特に不満は無いよ?」
「だってよ、お前が買ったのは今まで使ってたものよりも古いモデルじゃねぇか」
どういうわけか、杏が買ったのも俺や白花と同じモデルだった。
「ま、まぁ私が使ってたやつは確かに豊のより新しいけど、この前落としちゃって画面にヒビ入ってたし……それに、古いモデルにしたからと言って機能的な面でも特に不便になることもないからね!」
やけに饒舌な杏の言葉に若干違和感を覚えるが、彼女が決めたことだ。これ以上俺がとやかく言うのは辞めておこう。
店を出ると、スマホに夢中な白花が難しい顔で画面を見ながらしながらこう言った。
「うーん……これってどうやって豊や杏と電話するの?」
「電話番号を入れれば通話できるけど、今はメッセージや無料で通話できるアプリがあるから、そっちをスマホにインストールした方がいいな」
「どうやって、いんすとーる? ってやつするの?」
困った様子の白花に杏が手を差し伸べた。
「貸して白花ちゃん。私がやってあげる」
「う、うん」
「ストアを開いて……インストールを押したら……よし、これでOK! あとは登録したら使えるよ」
「わぁ! ありがと杏!」
その後も杏のサポートを受けながら、白花は慣れない手つきで登録完了させた。早速俺や杏と連絡先を交換すると、先程よりも一層キラキラした表情を浮かべている。
「わぁ! 豊と杏の名前がある!」
「そりゃ、登録したんだから当たり前だろ」
無邪気な白花に微笑ましい気持ちになっていると、ポケットに入っていたスマホが鳴る。手にとって画面を確認し、応答ボタンを押してスマホを耳に当てると、着信をかけた相手の声が聞こえた。
「もしもし?」
「……おい」
相手に俺は冷たい返事をするが、それも仕方ない。電話の相手は、すぐ目の前にいる白花なのだから。
「凄い! 繋がった!」
「そりゃそうだろ!」
この流れを5回は繰り返しながら、3人で帰路を進む。
スマホの画面に映った俺と杏の連絡先を笑顔で眺め続ける白花に、俺の心も温かくなっていた――。
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