昼下がり、蝉が鳴く
第35話 今日はお留守番でした
夏休みの半分が経過し、蝉の声が増えてきた。ほとんど家に引き篭もっていた去年に比べれば、濃い前半だったと心の底から思う。
我が家には変わらず2人の美少女がいる。美しい月白色の髪と青い瞳を持ち、漫画から飛び出してきたような容姿をしている白花と、そんな彼女に引けを取らない美しさの黒髪と誰もが振り返るようなルックスを持ち合わせているのが杏。
改めてこんな女性達とほとんどの時間を共に過ごせるなんて喜ぶべきなのだろうが……想像よりも気が抜けない。何せ相手は年頃の異性なのだから。注意しなければならないことは多い。
同じ屋根の下で彼女達と過ごすことの大変さを再認識しながら、俺はある用事の為に身支度をしていると部屋着姿の白花が悲しげに話しかけてきた。
「豊〜本当に行くのー?」
「あぁ、今日すっぽかしたら休み明けにあいつから何されるかわからん」
今日はある友人に呼ばれている。その人物とは同じクラスであり俺の親友の東。外出を好まない俺の事をよく理解しているあいつが「俺の人生がかかっている。今日だけはどうしても付き合ってくれ」と、夏休み前に頼み込んできたのだ。親友にそこまで言われては「NO」とは言えない。
場所は駅近くの喫茶店だが、それ以外の詳しい情報は聞かされてない。ただ、俺1人で来ることが絶対らしい……だから、これまで夏休みはずっと一緒にいた白花と杏は留守番なのだ。
俺が1人で外出することを杏はすんなりと了承してくれたが、白花は先程のように完全には納得しきってない様子。
「早く帰ってきてね! 門限は午後3時だよ?」
「早すぎだろ、小学生でもそんな時間には帰ってこないぞ」
「むー」
白花が膨れていると、杏が部屋に入ってきた。
「白花ちゃん、今日はお留守。豊、気をつけてね」
「おう、じゃあ行ってきます」
家を出た俺は、東と待ち合わせの喫茶店へ向かう。
喫茶店までは歩いて20分。イヤホンを耳につけ、お気に入りの曲を聴きながら向かえばあっという間だった。
店に入ると、先に到着していた東が俺を呼ぶ。
「おっ! 豊、こっちこっち」
「ずいぶん早いな。まだ約束より30分前じゃねぇか」
「その30分前に到着したお前には言われたくないけどな。それにここのコーヒー美味いからさ、早めに来て飲んでたんだよ」
「甘いな。確かにこの店のコーヒーは美味いが、1番はレモンスカッシュだ。それもシロップ多めのな」
「相変わらずの甘党だな。糖尿病になっても知らないぞ?」
「うるせぇ。それより本題だが、今日はどうして俺を呼んだんだ?」
俺の質問に東は目を逸らす。
「ま、まぁそれはおいおいわかるさ」
怪しい……こいつとは長い付き合いだ。俺に後ろめたさを感じているのは表情でわかる。
隠し事をしているであろう東を問いただそうとした途端、入り口の扉が開いた事を知らせるベルが鳴り、女性の声が聞こえた。
「あっいたいた!」
声のするの方へ振り向くと、女性が2人。1人は茶髪のショートボブの親しみやすそうな雰囲気をしている。もう1人は手入れにかなりを時間をかけているのではないかと思えるほどのストレートヘアーの黒髪が背中まで伸びている――いや、何故だろう? 茶髪ボブの方はどこかで見た事あるような気がする。
こちらへ向かってきた女性達に東は手を振った。
「あずさちゃん! 今日はありがとうね」
「おはようございます! 江夏先輩!」
既視感のある元気な女性は東と親そうに話す。一緒に着いてきた女性は……人見知りをしてるのか緊張した様子で茶髪ボブの後ろに隠れている。
「ひのえ、ほら挨拶挨拶!」
「わっ! ちょっとあっちゃん……まだ心の準備が……」
おどおどした様子のひのえという女性は、ぎこちない挨拶をした。
「は、初めてまして……時庭先輩。
「ど、どうも」
軽い会釈をすると彼女は東の方を向き、俺の時よりも緊張した様子で声をかけた。
「ひ、久しぶりです……江夏先輩」
「……ひ、久しぶりだな」
雅の挨拶に東の顔は珍しく強張っていた。
「なんだ? 知り合いだったのか?」
「ま、まぁな」
東の反応に違和感を覚えながらも、今自分が最も気になっている事を問い直す。
「それで……どうして俺は呼ばれたんだ?」
すると、東が答える前に茶髪ボブの娘が驚きながら口を挟んだ。
「え!? 江夏先輩言ってなかったの?」
「いや、その……今言おうと思ってたところ……」
渋る東を見て、俺は嫌な予感がした――もしかして東の奴、この雅って
まだ空想の域を出ないが……だとすると俺はこいつと彼女の恋のキューピットにでもなれと言う事だろうか? 本来なら他人の恋愛事など興味など湧かないが、この時点で「帰るわ」と言えるわけがない。
東め、通りで俺を誘った理由を話したがらないわけだ……まぁいいか。
気は乗らないが親友の頼みだ。今日は大人しくこいつの為に一肌脱ごうと決めたのは良かったが、肝心の東と雅が最初の挨拶以降口を開かない。
緊張しているのか? ならば俺が適当な話題でも振って場を和ませた方が……。
そう思って口を開こうとした途端、俺よりも先に茶髪ボブの娘が声を出した。
「さぁさぁ! 江夏先輩も陽絵も、まずは2人だけの積もる話があるでしょ? 私達は離れてるからごゆっくり〜。さぁ行きますよ、時庭先輩」
「うわ! ちょっとどう言う事だよ!? 俺はどうして呼ばれたんだ!?」
質問に対しての答えは貰えないまま、元いた席に東と雅だけを残して、俺は茶髪ボブの後輩に引っ張れては違う席に移動させられ着席すると、茶髪ボブの娘がメニューを広げながら口を開く。
「まずは今日来てくれてありがとうございます! えーと……あっ! 私このパンケーキにしよ! 先輩はなにか頼みますか?」
「いや、俺はさっきレモンスカッシュ頼んだから大丈夫。それよりも聞かせてくれよ。今日俺が呼ばれた理由を」
「うーん……どこから話したらいいかな〜? あっすいませーん! この期間限定のパンケーキ1つお願いしまーす」
なんか片手間に扱われている気もしなくはないが、そこは突っ込まず、今1番知りたい情報を待つ。
「俺の想像だけど、あの2人をくっつける恋のキューピッドになれば良いんじゃないか?」
「むむー、それだと半分正解で半分不正解なんですよね」
「じゃあ、その半分不正解の部分を教えてもらおうか?」
「……あの2人、幼馴染なんです」
「へぇ〜、あの女っ気の無い東に異性の幼馴染がいたなんて知らなかったな」
「まぁ色々理由があって言い出しづらかったんだと思います……あっ自己紹介がまだでしたね! 私、
「こ、こちらこそよろしく」
この篠原という女性、やはりどこかで見たことがあるような気がする……しかし、どこで見かけたかは思い出せない。
モヤモヤしていると、俺が先に注文していたレモンスカッシュを店員が持ってきた。
「お待たせしました。レモンスカッシュです」
テーブルに置かれたレモンスカッシュは炭酸水と半切りにされたレモン、そしてシロップがセット。つまり自分でレモンを絞り、シロップを入れて好みの味を作ることができるのだ。
早速レモンを絞り、果汁とシロップを炭酸水に入れた後にマドラーで炭酸が抜けないように優しく掻き混ぜながら、話を再開させる。
「話を戻すが、あいつらが顔見知りなのはわかったけど、あの2人が再開する場に俺達が同席する理由は?」
「それは2人だけじゃ気まずいからでしょうね」
「幼馴染なんだろ? いくら異性とはいえ、東がそんなことで俺に付き添いを頼み込むとは思えないが……」
「これにはふっかーい事情があるんですよ! とにかくちゃんと全部説明するんで今日はあの2人の距離が縮まるように協力してください!」
「やっぱり恋のキューピッドじゃねぇか」
そう言いながら俺はレモンスカッシュの入ったグラスの飲み口を口につけて傾けると、篠原がこう言った。
「そこが半分正解で半分不正解ってところなんでよ。だってあの2人に恋のキューピッドなんていらないですもん」
恋のキューピッドはいらない? ということはお互いは相手を恋愛対象としては見ていないということか?
レモンスカッシュを飲んでいる途中だった為、返事はできないが刹那の思考で憶測を立てていると、篠原は言葉を続けた。
「だってあの2人……婚約してますから!」
俺は口に含んでいたレモンスカッシュを全て吹き出した――。
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