第27話  こんなに人が多いところは初めてでした

 

 恵花市から電車で約30分、白花の水着を買う為に俺達3人が訪れたのは、言わずとも知れた北海道最大の都市である札幌。


 よく映像で見るような東京の通勤ラッシュとは程遠いものの、それなりに混雑した電車から降りると、杏が体を伸ばす。


「到着~! 電車混んでたねぇ!」


「夏休みなだけあって、俺達と年齢が近そうな人も、そこそこ乗ってたな」


 恵花市では感じられない、近代的な雰囲気と流されてしまいそうになる大勢の人の波。アクセスの良さから、何度も訪れたことのある俺と杏は慣れた足取りで改札を抜けたが、今回この場所に訪れた目的の主役である白花は俺の袖をギュッと握って、はぐれない様にしていた。


「おい、白花大丈夫か?」


「だ、大丈夫……こんなに人が多いところ初めてだから、ちょっと緊張してるだけ……。皆、歩くの早いね」


 幼子のようにキョロキョロと周りを見渡している白花を見ると、彼女と出会った頃を思い出す。


 言葉や行動が達者になっても、不安になれば俺の服を掴む癖は直っていないようだ。


 たった数ヶ月前のことに懐かしさを感じていると、白花はなにか言いたげな表情を俺に向ける。


「……なんだよ、その顔は?」


「あのね……やっぱりちょっと怖いから、服じゃなくて豊の手握ってもいい?」


「て、手をか!?」


 「そんなことをしたら、俺達がカップルに見えちまうだろ」とは言えない。彼女は感じた恐怖を和らげるために俺を頼っているのだから。ただ、「異性と手を繋ぐことには勇気が必要」という、思春期真っ只中な俺の脳が素直に手を差し出す指令を出してはくれない。


 しかし、こう考えている間にも白花は俺の返事を待っている。勇気を振り絞り、目線を逸らしつつも、彼女に手を差し出す。

 

「……わかったよ、ほら」


「やった!」


 差し出された俺の手を掴む為、白花も手を伸ばしたが、白花の手は俺ではない違う者の手に繋がれた。


「白花ちゃん、手なら私が繋いであげるよ」


 白花と手を繋いでいるのは杏だった。

 

「ほんと? ありがと……うわ!」


 素直な礼に特に反応せず、杏は白花を引っ張って歩き出してしまう。


「さぁ、行こうかー! 確か、水着はすぐ近くに売ってるはずだから」


 最初は杏に引っ張れらた白花だが、すぐに杏の横まで追いつき2人で足並みを揃える。


 少し強引な杏の行動に違和感を覚えつつ、先に目的地へ向かう2人に遅れて合流すると、杏は心なしか……いや、明らかに頬を膨らませていた。


「杏? なんで、怒ってんだ?」


「べーつーにー! あとでスイーツ奢ってね」


「な、なんでだよ!」


「奢ってくれなきゃ、毎朝日の出前に起こすからね」


「それは辞めてくれ……奢るから」


「よろしい」


 思わず「それは杏が大変だろう」と言いかけたが、こいつならやりかねない。


 結局何が原因かもわからぬまま、杏の機嫌を直すために思わぬ出費が決まってしまったが、どうやら白花と手を繋いで歩くことは、避けることができたようだ。


 そのまま歩き続けていると、周囲から視線を集めていることに気がつく。


 俺と同じものを感じたのだろう……白花が手を繋いでいる杏に体を密着させた。


「ね、ねぇ杏、なんか私達見られてない?」


「気にしちゃ駄目だよ白花ちゃん。あと、少し歩きづらいかな……」


 杏は気付いているようだが、俺もこの視線の意味はわかっている……いや、正確には言うのであれば、今感じている視線に俺は入っていない。視線を集めているのは俺の側を一緒に歩いている白花と杏だ。


 恵花市とは比べ物にならないほど、大勢の人が行き交うこの札幌でも、白花と杏の高校生とは思えない大人びて端麗な容姿から溢れる、群を抜いた存在感こそが視線を集める理由だろう。


 更に、そんな誰もが振り返るような美女同士が手を繋いで歩いている光景は、はたから見た人々を見惚れさせるには充分すぎる。


「この店かな! さぁ、早速入るよ白花ちゃん!」


 目的の店に辿り着くと、杏が白花を引っ張って店内に入る。


 俺は2人の後をついていくが、そのまま同じ女性用の水着の売り場までは帯同せず、男性用の水着を見ることにした。


 売り場には最近のトレンドを取り込んだ水着が並べられていた。


 俺自身、水着は既に持っているが、売り場に並べられた最近のトレンドを取り入れた商品を見ていると、新調しようかと心が揺らぐ。


 悩みながらも、何着か手に取って見ていると女性コーナーの方から白花が俺を呼ぶ。


「豊ー? こっち来てよー!」


 そう言って白花は手招きをしているが、俺は素直に従わない……いや、従えない。


 いくら彼女たちの連れとはいえ、男が女性の水着のコーナーに行くのは小恥ずかしいのだ。


 ましてや、2つの商品を比べて「これとこれどっちがかわいい?」などと聞かれても俺には気の利いた解答などできる自信もない。


「俺はこっちにいるから、ゆっくり選んでてくれ」


 俺がそう言うと、白花はむっとした表情をして俺の元へと来ると、そのまま腕を掴んで引っ張り始めた。


「お、おい! なんだよ!」


「豊も私の水着選んでよ」


 少し不機嫌な白花に引っ張られながら、女性用の水着コーナーへと連れられると、杏が2着の水着を持って俺に問いかける。


「ねぇ、これとこれだったらどっちが良いと思う?」


 ほら見たことか、先程危惧していたことが現実になったじゃないか。


 しかし、ここで「わからない」と答えるのは愚の骨頂。


「どっちというと……杏の持ってる白いワンピースの水着と同じ白のビキニで迷ってるのか?」


「そうそう! どっちも白花ちゃんが着たら、めちゃくちゃ可愛いと思うんだけど、決められないから豊の意見も聞きたいの!」


 杏の言う通り、どっちの水着も白花には似合うだろうが、ここで「どっちでも良い」という答えは求められてはいない。


 そこで、彼女達の意思で決められるように助言することにした。


「じゃあ、試着してみたらどうだ? 実際に着た方が選びやすくなると思うし」


「それもそうだね~。じゃあ白花ちゃん、1回着てみようか!」


「うん!」


 そうして2着の水着を持って試着室へと入っていった白花を杏と一緒に待っていると、ふと、あることが気になった。


「そういえば、杏は水着買わないのか?」


「ふっふっふ……。私はね、実はもう買ったのだよ!」


「そうなのか。俺も買おうか迷うな」


「え、いいじゃん! 今年の海は、3人共新しい水着で遊ぼうよ!」

 

「そうは言ってもな~元々持ってるのあるし、予定がほとんど埋まってるお前と違って俺は水着を着る機会なんて殆ど無いんだぞ?」


 人気者で多くの友人から誘いが来る杏なら水着を新調する価値もあるだろうが、俺は去年水着を着用したのはプール授業の時だけ……おそらく今年も着て1回か2回だろう。そんな少ない数なら今あるもので我慢して、別の機会の出費に取っておけば良い。


 しかし、杏から予想外の言葉が返ってくる。


「え? 私、夏休みはほとんど空いてるけど……」


「そ、そうなのか? てっきり、お前は夏休みのほとんどは友達から何かしらかの遊びに誘われてると思ってた」


「んー、確かに去年はそうだったし、今年もいっぱい誘ってもらったけど……断った!」


「なんでだよ? お前らしく無い」


「だって今年の夏は豊がいろんなところに連れて行ってくれるでしょ?」


「はぁ!? 俺が!?」


「そうだよ? だから……今年の夏休みは一緒にいてね」


 恥ずかしげもなく、そんな事を言う杏にドキッとする。


 こちらを見て微笑む彼女に返す言葉を探していると、試着を終えた白花が勢いよく試着室のカーテンを開けた。


「豊、杏! 終わったよ!」


「あれ? 白花ちゃん、あんなに迷ってたのに1人で決められたの?」


「うん。試着してるときに思いついたんだけど、どの水着にしたかは当日のお楽しみ!」


「いいね! 私の新しい水着姿も当日でお披露目だし、そうしよう!」


 楽しそうにやり取りをする白花と杏を見て、「結局俺は、ここまで付き合わなくてもよかったじゃないか」と言うのを堪える。


 そして会計に向かった白花を待ちつつ、何の気無しに店の外に出て、行き交う人々を見渡す。


 やはり、いつ来てもここは人が多い。もしかしたら知ってる奴に会うかもしれないな。


 そんなことを考えていると、横から誰かが驚いた様子で俺を呼んだ。


「え!? 時庭先輩!?」


 声が聞こえた方を見る。フラグ回収とはまさにこのこと。目線の先には見知った顔の少女がいた。


「わぁ! なんて偶然……いや、やっぱり私と先輩は運命の赤い糸で結ばれているから必然なのかも!」


「お、お前は……!」


 俺にこうも露骨に好意を表してくるのは1人だけ。以前、俺に告白をして振られても尚、俺に好意を寄せてくる同じ高校の後輩、涼森だった――。


 

 

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