第26話 いつもより早く起きてしまいました

「豊、起きてる?」


 掛け布団にくるまりながら眠っていると、誰かがドアをノックして俺を呼ぶ。


 声からして白花だろうが、今返事をしてしまうと俺の睡眠欲求が満たされぬまま、起こされてしまう。


 今日はどんなに眠っていても良い日なのだ。1日中……とまでは言わないが、せめていつもより長く寝かせてもらいたい。


 しかし、扉の向こうにいる白花は再びノックをして俺を呼んでいる。


「豊〜まだ寝てるの?」


 俺は沈黙を続ける。しかし、白花は俺を起こす事を諦めない。


「むー……豊、起きてよ〜!」


 ずっと返事しない俺に対して、少しずつ不機嫌になってきた白花はノックする力を強める。すると、様子も見に来たのか、杏の声も扉の向こうから聞こえた。


「白花ちゃん、豊起きた?」


「起きない!」


 こうして寝たふりを続けていれば、諦めて戻ってくれると思っていたが、逆に増えてしまった。


「相変わらず、豊は朝弱いね〜。よし、こうなったら強行作戦だよ白花ちゃん」


「きょ、強行作戦?」


 なんだか杏が物騒な事を言ってるが、ここで返事をしてしまえば故意に白花を無視していた事を認めてしまうようなものだ。


「行くよ、白花ちゃん!」


「ちょ、杏!?」


 杏の行動に白花が戸惑いの声をあげたのも束の間、勢い良く部屋の扉が開かれると、部屋に侵入してきた杏が俺から掛け布団を剥がす。


「突撃ー! 豊、起きろ〜!」

 

「なっ、杏!?」


「いつまで寝てるの? 今日からだよ!」


だから、いつもより長く寝てたいんだよ!」


 杏とくだらないやり取りをしていると、そんな俺達を横から見ていた白花が手に空気の入った浮き輪を持ちながらこう言った。


「わ、私はたくさん杏と豊と一緒にお出かけしたいよ?」


「……たとえ、俺がこのまますぐ起きたとしても、その浮き輪は使わないぞ白花」


「え! 今日は海行かないの!?」


「行けるか! ここからどんだけ遠いと思ってるんだ!行くときはもっと早起きして、準備が必要なんだよ!」


「え? 今からでも間に合わない?」


「間に合うわけないだろ……?」


 違和感を覚えた俺は、時計を見る。


「……て、今まだ朝の5時半じゃねぇか!」


 夏特有の日の出の早さと、白花達が起こしに来たことで、すでにいつも起床する時間を過ぎているものだと、すっかり勘違いしていた。


「寝る! 俺は寝るぞ!」


 再び眠るため、杏から掛け布団を取り返そうとするが、杏も簡単には掛け布団を離さない。


「寝ちゃ駄目! せっかく白花ちゃんと早起きしたのに!」


「知らん! 布団返せ!」


「ぐぬぬ……白花ちゃん手伝って!」


 杏が白花に応援を頼むと白花は「うん!」と元気良く返事をして、杏と共に布団を引っ張る。


 いくら男の俺でも、寝起きの状態と不安定な体制、そして2対1というハンデには抗えず、引っ張っていた布団ごとベットの外へと引きずり出された。


「よし!確保ー!」


「確保ー!」


 そのまま俺は左右の腕の左を杏、右は白花の肩に回されて、まるで酔い潰れた人間を介抱するような状態で持ち上げられる。


 これはまずい。何がまずいかって、思春期の男子に美少女2人が左右から密着するのは刺激が強すぎる。ましてや今は夏、俺含め杏と白花も半袖姿だ。薄着の異性と直接肌が触れ合って何も感じないほど、俺はピュアじゃない。


「わかった、起きる! 起きるから離してくれ!」


 そう言うと、2人は俺を離す。杏は白花に「イエーイ」とピースサインをしている。


 まったく……今年の夏休みは去年のように落ち着いて過ごせないとわかっていたつもりだったが、まさか初日からこんな事になるとは思わなかった。


 溜め息をつく俺を無視して、杏と白花は楽しそうに今日の予定について話をしている。


「それで、今日はどこ行く?」


「やっぱ海?」


「海はもちろん行きたいけど……白花ちゃん水着あるの?」


「あるよ? 学校の授業で使うやつ!」


「それって……スク水!? 白花ちゃん、そんなベタな天然発揮しなくていいんだよ!」


「え? 学校の水着じゃ、何か問題あるの?」


「無いといえば無いけど……有ると言えば有るの! よし、今日の予定決まったよ豊!」


 彼女達の会話の内容から、大方の予想はついていた俺は、何かを決心した様子の杏に返事をする。


「はいはい、白花が漫画のお約束みたいにスク水でビーチに行く前に水着買いに行くんだろ?」


「正解!」


「何も、白花の水着買いに行くなら、俺が一緒に行く必要あるか?」


「何を言っているのかな? もし、来ないなんて薄情なことしたら、明日はもっと早い時間に起こすからね」


「……わかりました。ご一緒させていただきます」


「よろしい」


 数秒で幼馴染おれを屈服させた杏は、手をパンと1回叩く。


「よし、じゃあ今日は朝ごはん食べたら3人で買い物に行きましょう! 2人とも返事は?」


「……はい」


「なんだかよくわからないけど、はーい!」


 俺の意思とは関係無く、強引に今日の予定が決まると、タイミングを見計らったかのようにじいちゃんが扉から顔を覗かせた。


「お前達、こんな早い時間から何騒いでんだ……」


 少し眠たそうなじいちゃんに、杏は俺達の中で1番早く挨拶をする。


「あっ、源さんおはよ! 今日ね、白花ちゃんの水着を買いに行くの!」


「おーそうかそうか! 夏休み初日から楽しそうだなぁ! よし、じゃあ少し待ってろ」


 嬉しそうな顔をしたじいちゃんは、1度部屋を出ると1分も経たずに3つの封筒を手に持って戻ってきた。


「まずは白花ちゃん、はいどうぞ」


「え? なになに?」


 じいちゃんに封筒の1つを渡された、白花は素直に受け取りつつも、中身は何かわかっていないようだった。


「小遣いだ。夏休みだし、いろんな場所へ遊びに行くんだろう?」


「え! でも、今月のお小遣いはもう貰ってるよ!? それに……ちゃんと夏休みに備えて貯めてたから、大丈夫だよ!」


 驚く白花に対して、じいちゃんは笑顔で答える。


「白花ちゃんは水着も買うんだろ? 他の人より出費も多いし気にせず貰いなさい。それに、いつもお手伝いしてくれる俺からのお礼だよ」


「……ありがとう!」


 小遣いを貰った為嬉しさか、それともじいちゃんの気遣いへの感謝か、はたまた両方か……嬉しさのあまり白花はじいちゃんに抱き着いた。


 そして抱き着いた白花が離れると、じいちゃんは俺を呼ぶ。

 

「よし次は豊だ」


「う、うん」


 じいちゃんに近づくと、先程の白花同様に封筒を渡される。


 俺も今月分の小遣いは貰ってはいたが、先日じいちゃんに「夏休みには別で小遣いを渡す」と言われていたので、ひそかに楽しみにしていた。


「いいか豊、去年みたいにずっと家にいたら没収だ。何かあったら、白花ちゃんと杏ちゃんを守るのもお前だからな」


「わ、わかった」


「よろしい」

 

 俺の少し戸惑い気味の返事に満足したじいちゃんは、残るの封筒は1つを渡すために、杏へ顔を向ける。


「よし、最後は杏ちゃん」


 じいちゃんの持ってきた封筒は3つ。状況から考えると、杏に分だろう。しかし


 しかし、杏はじいちゃんの元に向かうと申し訳なさそうに口を開いた。

 

「わ、私の分は大丈夫だよ! お母さん達からは生活費の他に、お小遣いだって貰ってるし、いつも美味しいご飯食べさせてもらってるから!」


 差し出された封筒を受け取ろうとしない杏に、じいちゃんはほんの少し呆れた表情をする。


「何を言ってるんだ……俺達が考え無しに連れてきた白花ちゃんの世話をしてくれたのは杏ちゃんだ。俺にとっては杏ちゃんも孫みたいなもんだからな、小遣いくらい渡させてくれ。そしてなんと、杏ちゃんはここ数ヶ月分のボーナス付きだ」


 笑顔で封筒差し出し続けるじいちゃんから、杏は俺と白花の貰ったものとは厚さの違う封筒と受け取ると、すこし泣きそうな表情をしてじいちゃんに抱き着いた。


「源さん……ありがと!」


「よしよし、じゃあ朝飯の支度始めるかな」


 杏が離れると、1階へ降りて行くじいちゃんを、白花が後を追う。


「私も手伝う!」

 

「私も! ほら、豊も行くよ!」


 先に部屋を出た、白花に続いて杏も俺を引っ張りながら部屋を出る。


 あんなに睡眠を訴えていた瞼は、もう重たくなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る