第25話 大好きな人が怒りました

 白花と共に家に帰ると、じいちゃんの客人として我が家へ訪れていたのは、以前恵花ガーデンで出会っただった。


「ゆ、由良さん、今日はどうしてうちに?」


「いや〜、源先生にご挨拶をするため、お邪魔してます!」


「そうですか……大したおもてなしはできませんが、ゆっくりしていってください」


「ありがとう豊君」


 由良は俺にニコッと笑いかけると、視線を杏に移した。


「杏ちゃんも学校お疲れ様です」


「別に疲れていません」


「ちょっと! この前のこと、まだ怒ってるなら謝りますから……」


 冷たすぎる杏の返答にショックを受けた由良はがっくしと肩を落とす。


「年頃の女の子は気難しいなぁ〜。まぁそれよりも、のは……この前一緒にいた女の子では?」


 由良が興味を示したのは、俺と杏の後ろに隠れていた白花だった。彼の言葉は自分を指しているのだと理解した白花は、俺の背中から顔を覗かせる。


「こ、こんにちは……」


 ……妙だな。


 俺は白花の由良への対応に違和感を覚えた。基本的に、白花は人見知りをするタイプではない。今日だって、初めての学校で初対面のクラスメイトに囲まれても、常に明るく振る舞っていたが、今の白花は違う。


 まだ言葉も話せなかった1ヶ月前のように、俺の上着をギュッと握りながら、短い言葉で挨拶をするのが精一杯のようだ。


 白花の挨拶を聞いた由良は不思議そうな表情を浮かべる。


「おや?」


「確か……白花ちゃんでしたっけ? この前は言葉が話せないと豊君から聞いていましたが?」


 そういえば、そんなことを言った記憶がある。


 由良が問う矛盾を訂正しようにも、複雑な白花の事情をどう説明するべきか悩むが、白花本人の事も考えて、彼女が記憶喪失であることは安易に言わない方が良いだろう。


 刹那の一考で俺が割り出した答えはこうだ。


「いや〜これが話せば長くて……」


 手を後頭部に添えながら答える俺に対して、由良は少し残念そうにする。


「そうですか……ゆっくり聞かせてもらいたいところですが、次の予定の時間が迫っていましてね、そろそろ出発しないと」


 由良はソファから立ち上がり帰る支度を始めると、じいちゃんがリビングへ戻ってきた。


「いやぁすまん、待たせたな……って由良? もう帰るのか?」


「はい先生、ちょっと用事を思い出しまして。今日はこれで失礼します」


 じいちゃんに浅い礼をした由良は玄関の方へ体を向けようとしたが、彼の顔は玄関の方では無く、に目を止めた。


「……ずいぶん綺麗な花ですね」


 由良が見つめていたのは、神社で白花を見つけた時に彼女が持っていた白い花だった。


 あの時のように光り輝くことは無くなったが、1ヶ月も萎れる事なく美しい姿を保っている事から、とても良くできた造花だと思う。


 この花がなぜ光ったのかは未だに不明だが、考えてもらちかなかった。


「その花、鉢に植えて1ヶ月以上経ちますけど萎れる気配も無いので、造花ですよ」


「これが造花!? どう見ても本物のように見えますが……」


 更に白い花に興味を惹かれた由良は花が手に届く位置まで近づくと、俺達の了承も得ずに花びらに触れた。


「……凄いですね。触った感覚も本物と変わらない」


 由良の行動を見かねたじいちゃんが溜め息を吐いて、由良を注意する。

 

「由良、あまりベタベタと触るな。その花は白花ちゃんの私物だ」


「いやーこれは失礼! 実は花が好きなもんでして……」


  じいちゃんに注意を受け、すぐさま花から手を離した由良は、花の持ち主である白花に顔を向けた。


「白花さん……難しい事は承知で頼みます。この花、私に譲っていただけませんか?」


 真剣な表情をした由良の頼み事に、白花はほんの少し時間を空けて答える。


「……ごめんなさい。その花は差し上げる事はできません……」


 まぁ、当たり前だろう。この花は白花にとって唯一の手かがりなのだから。


 白花の返答に対して、真剣な表情をしていた由良はニコッと笑う。


「ですよね〜! ダメ元で言ってみただけです!」


 残念そうな素振りを見せない由良に、杏がイラついた雰囲気で口を開いた。


「由良さん、早く帰ったらどうでしょう? 時間無いんですよね?」


「おっと! では、皆さんお邪魔しました! お見送りは結構ですよ!」


 そして由良は見送る暇を与えず玄関から出て行くと、杏が溜め息なのか深呼吸なのか、わからない長い息を吐く。


「……よっぽど、苦手なんだな。由良さんのこと」


 俺が声をかけると、杏は不機嫌な様子で答える。


「……なんか、生理的に無理」


 杏の意外な一言に、俺は表には出さないものの心の中で驚いた。基本誰とでも分け隔て無く接する彼女が、こんなにも人を毛嫌いするのはかなり珍しい。


「お前でも、そんな奴いるんだな」


「私だって苦手な人の1人や2人いるよ?」


「……ふーん」


 杏の言葉に納得しながらも、心残りはもう1つある。


「そういえば、白花もなんか様子がおかしくなかったか?」


 もう1つの心残りである、由良が我が家にいた時、やけに物静かだった白花本人に訳を聞くと、白花は俯きながら小さな声で答える。


「……あの人がいると、杏が怒るから……」


「……あぁ、そういうことか」


 記憶を失い、人間社会の中を生きる為の知識すら失くした白花は俺と杏から教わった事を彼女なりの解釈して、なんとか現代人として生活できるようになった。


 しかし、ここ最近は彼女なりの解釈が仇となって、他人とは違う価値観や思想を持ってしまう事もある。


 先程の白花が良い例だ。


 体育祭の時にも似たような事があったが、彼女は物事の良し悪しを俺や杏を基準にして考えてしまうことがある。


 極端な事を言えば、俺や杏が良いものを悪と言ってしまえば、白花にとってそれは悪になってしまうのだ。今回由良の前で、白花の雰囲気がいつもと違ったのは、杏が由良を嫌っていた為、彼女も警戒していたのだろう。


 自分のせいで白花が怯えてしまったと自覚した杏は、白花に笑顔を見せた。


「し、白花ちゃんごめんね! ほら、私は全然怒ってないよ!」


「……怒った杏怖い」


 白花の機嫌は元には戻らず、俺の後ろに隠れたまま出てこない。


「豊~! どうしよう!」


「どうしようって言われてもなぁ……」


 杏は俺に助け舟を求めるが、しょんぼりしている白花の機嫌を直す、完璧な策は思い浮かばない。


 ダメ元で白花の好きな物を与えれば機嫌を直してくれるだろうか?

 

 俺が与えられるもので、白花の好きな物を頭の中で模索すると、すぐ浮かぶ物があった。

 

「……白花が元気になってくれたら、べっこう飴作ってやろうかな~」


「本当!?」


 先程までの様子が嘘に思えるほど、態度を逆転させた白花が目をキラキラさせる。


「ねぇ、本当!? 本当にべっこう飴作ってくれるの?」


「あ、あぁ……作ってやるから元気出せ」


「わかった! そのかわり大きいの作ってね!」


「はいはい、とびきりでかいの作ってやるよ」


「やった!」


 完全にいつもの白花に戻り一安心していると、後ろの方から服をクイクイと軽く引っ張られた。振り向くと、杏が彼女自身を指さしながら声も出さず、わなわなと何かを訴えている。


 状況から察するに、「私の分は?」といったあたりだろう。


「……杏もいるか?」


 俺の言葉に杏は何度も頷く。


「わかったよ、作るけど食べるのは夕食後な」


 杏と白花をリビングで待たせてキッチンへ向かうと、じいちゃんが夕飯の支度をしていた。


「おう、どうした? 飴でも作るのか?」


「その通り、コンロ片方借りても良い?」


「いいぞ、こっちの準備はもう終わるしな」


「ん、ありがとう」


 俺は、コンロに火をつけて自分が編み出した製法でべっこう飴を作り始める。


 作っている最中、汗がにじむ額を拭う。


「それにしても、今日は夜でも熱いなぁ。豊もそろそろ夏休みじゃねぇのか?」


「うん、最近白花と杏は夏休みの話ばかり」


「そうかそうか。豊も去年みたいにずっと家にいないで、いろんな場所に行くといい」


「いろんな場所って……特に金も無い高校生の俺達が行ける場所なんて限られてるからなぁ……」


「何言ってんだ、遠出するときぐらいは、お前達3人にちゃんと別で小遣いは渡してやるから、海でも行ってこい」


「……ありがと、じいちゃん」


 じいちゃんの優しさに感謝をしつつ、俺は彼女達と過ごすであろう、すぐ目の前に迫った北海道の短い夏を少し楽しみにしながら飴を作っていた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る