第28話 思いもよらぬ人物に会いました 

 水着の会計を終えると、離れたところで私を待っていた杏が近づいてきた。

 

「会計終わったんだね。じゃあ、お昼ご飯でも食べに行こうか!」


「うん……あれ、豊は?」


「先に店の外へ出て行ったよ。ほんと、マイペースなんだから……」


「ふふ、豊らしいね。私達も行こう」


 杏と一緒に店の出口へと向かう、片手には先程買った水着が入った紙袋を下げている。


 豊、「似合ってる」って言ってくれるかな?


「お昼ご飯、白花ちゃんは何食べたい?」


「うーん、私は……え?」


「どうしたの、白花ちゃ……は?」


 店を出た瞬間、驚きのあまり私と杏は立ち止まる。目の前には豊がいる……いるのだけれど、豊は私達もよく見知った顔の少女に抱き着かれていた。


 それ見た私は片手に持っていた、水着が入った紙袋を落としてしまう。頭の整理がつかないせいか、落ちた紙袋を拾おうとせず、少女に抱き着かれた豊を見続けることしかできない。


 声を出せずにいると、杏が震えた声で豊に尋ねた。


「えっと、豊? 何してるの?」


「あ、杏!? 店の外で待ってたら、こいつと会ってよ……そしたらいきなり抱き着いてきたんだよ!」


 慌てふためく豊がそう言うと、豊に抱き着いている少女も私達に気づいたようだ。


「あれ? 波里先輩と、時波先輩じゃないですか! こんにちは!」


 私達に挨拶をしつつも、豊の背中に回した手は離さないでいる少女の名は。私達と同じ高校の後輩……ってそんな悠長に脳内で紹介している場合じゃない! 彼女が豊にちょっかいをだすと、杏がかなり不機嫌になる!


 杏が怒り出す前に、私が豊から涼森を離さないと!


 そうと決めた私は涼森に話しかける。


「こんにちは、涼森さん。あの……豊も困っているようだし、離れてくれないかな?」


「え~! せっかく時庭先輩に会えたのに……」


 渋る涼森に対して、豊が懇願する。


「頼む、離れてくれ……」


「も~! しょうがないなぁ!」


 私からのお願いでは動かなかった涼森は、豊本人から頼まれるとすぐに腕を離した。


 体育祭の時から、休み時間になると豊目当で頻繁に私達の教室へ来ていた彼女は豊にという感情を抱いているらしい。


 彼女が豊に抱く恋心というのは、私にはよくわからないけれど、杏いわく「涼森が恋心を豊に伝え、豊が承諾すると2人は『付き合う』という特殊な関係になる。もし2人が付き合ってしまうと、豊から1番愛情を受けられるのは涼森になって、そんな彼女は豊を独り占めできる」とのことらしい。


 これを聞いた当時、言葉にするのが難しいけど胸の辺りに嫌な感覚が湧き出た。擬音で表すなら……モヤモヤ? でも中にズキッというような鋭さもある。


 いずれにしても、良い感覚では無いことは確かだけど、この感情の中で、明確なものが1つだけあった。


 ――豊が誰かに独り占めされるなんて絶対に嫌!


 最近自覚したことだけど、私は豊と一緒にいる時間が1番楽しくて、なによりも安心感で心が満たされる。でも、もし豊が誰かと付き合ってしまったら、一緒に過ごす時間は少なくなる。


 ――やっぱり嫌。


 記憶を失ってから、覚えのない程の不快な感覚に戸惑っていると、隣にいる杏が豊と涼森の間に割って入った途端に豊と腕を組んだ。


「あ、杏!?」


 豊は動揺した声をあげるが、それに答えない杏は涼森へ声をかけた。


「涼森さん、いい加減に諦めたら? 1度振られているんだし、なにより貴方がそうやって豊に抱き着くたびに豊本人が困ってるの」


 顔は笑顔だが、口から出る言葉にはどこかしら棘のある杏を私は心の中で「そうだそうだ! 良いぞ杏!」と応援する。


 しかし、先輩からの忠告にも涼森は動揺せずに堂々と言葉を返した。


「波里先輩、お言葉ですが私は諦めませんよ? いずれ、時庭先輩がその気になってくれる時まで」


 涼森がそう言うと、杏は表情は笑顔のまま言葉を返さない。一方、涼森も杏から目を逸らさず、見つめ続ける。


 時間にしてほんの数秒の沈黙が続くと、離れた場所から涼森を呼ぶ声が聞こえた。


「はなたー! 次の店行こー!」


「あ、そろそろ行かなきゃ! じゃあ時庭先輩、夏休みは私とも遊んでくださいね!」


「よ、予定が合えばな?」


「問題ありません! 私が先輩に合わせるんで〜!」


 そう言いながら、走り去っていく涼森にそれまで笑顔だった杏が焦った様子でこう言った。


「ちょっと! 豊は夏休み私といるから予定空いてないよ!」


 聞こえなかったのか、それとも聞こえて尚無視をしたのか、杏の言葉に涼森は反応を見せずに友人達の元へと行ってしまった。


 涼森の姿が見えなくなると、豊と杏は同じタイミングで溜息を吐くと、豊の様子が変わり始めた。


「いて、いててて! 杏!?」


 何故か突然痛がり始める豊をよく見ると、どうやら杏に腕を組まれたまま、二の腕あたりをつねられていた……それもかなり強そうに。


「豊? どうして、涼森さんからの『夏休み遊ぼう』って誘いをキッパリ断らなかったのかな〜?」


「だから「予定が合えば」って言っただろ!? それにきっぱり言ったら涼森がかわいそ……いててて!」


「彼女には伝わってないみたいだし、それにさっき約束したよね? 夏休みは私と一緒にいるって」


「いや、なんというか……それはお前がほとんど強引に……いててて! わかった、わかったから!」


 私は2人の会話に感じるものがあった。


 ――夏休み、豊と杏は一緒……? ずるい!


 そう思った瞬間、自然と言葉が出た。


「私も!」


「し、白花ちゃん?」


「私も夏休み、豊と杏と一緒にいる!」


「……ははは! もちろんだよ、仲間はずれみたいにしてごめんね」


 杏の言葉にホッとしたのも束の間、いまだに腕を組んでいる杏と豊を見ていると、次なる欲求が湧いてくる。


 ……ずるい!


 素直に欲求に従う事にした私は豊の空いているもう片方の腕を組んだ。


「白花!? お、お前まで!」


「私も豊とくっつきたい! 腕なら良いんでしょ?」


 豊が「辞めてくれ」と言うから抱き着くのを我慢してたけど、本当は私だって豊にくっつきたい。見た感じ、杏に腕を組まれても抱き着いたときに比べて嫌がらないし、それならば私が腕も組んでも問題ないはず。


 私が腕を組んだことで私と杏に挟まれる形となった豊は、顔を赤らめながらこう言った。


「……2人共、今すぐ離れてくれ」


 すると、杏は「はいはい」と言いながら、腕を離したが私はいまだに腕を組み続ける。


「し、白花? 早く離してくれ……」


「嫌だ! 私はまだちょっとしか豊とくっついてない!」


「子供か! 離せ!」


「嫌だ!」


「離せ!」


「……」


「こいつ、ついに無視しやがった!」


 豊の言葉に返答はせず、腕を組み続けたまま頬も豊の体にくっつける。


 やっぱり、豊に触れている時が1番安心する。


 幸福な気持ちを感じている中、私が豊と腕を組んでいるのが羨ましいのか、杏が少し膨れながら話を進めた。


「さ、そろそろお昼ご飯行こ? もちろん豊の奢りで」


「はぁ!? 奢るのはデザートって話だったじゃないか!」


「涼森さんに困ってたところ助けてあげたんだから」


「そ、それは助かったが、いくら何でも横暴な……」


「そうと決まれば、白花ちゃんもそろそろ豊から離れようか?」


「えー!」


「白花ちゃんも私と同じくらい豊とくっついたでしょ? ほら、離れた離れた」


 確かに杏と同じくらいの時間は豊と腕を組んでいるけど、正直言うと……もっとこうしてたい。でも言うことを聞かないで杏を怒らせるのは……怖い。


 渋々と腕を離すと、豊が溜息をついてしゃがみこんだ。


「ほんと、頼むから人目のあるところで、こういうことするのは辞めてくれ……」


 豊の言葉に杏が反応する。

 

「じゃあ人目のないところなら良いの?」

 

「そういう問題じゃない!」


「ふふ、冗談。じゃあ行こっか」


 杏が歩き出すと、まだ何か言いたげな顔をしていた豊はもう1度溜息をついて杏の後をついていく。


 そんな2人を追うように私も、足を前に出す。


 まだかすかに残っている、先程まで触れていた豊の温もりの余韻に心を暖めながら――。

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