第23話 初めての学校はみんな優しくしてくれました

時波ときなみ白花です! よろしくお願いします!」


「……は?」


 口を開けたまま、間の抜けた声が出る。


 ――どういうことだ?


 今、教卓の前にいる月白色げっぱくしょくの髪と青い瞳の女子生徒は自身の名をと呼んだ。


 再び頭の中で同じ言葉が繰り返される。


 ――本当にどういうこと?


 頭の整理が全くつかないまま、啞然としていると自身を白花と名乗る女子生徒は短い自己紹介を終え、一礼をする。そして頭を上げた彼女がニコッと笑うと、先程まで静寂に包まれていた教室が一気に湧き上がる。


「あの人……この前の体育祭にいた時庭君の親戚じゃない!? 改めて見るとめちゃくちゃ綺麗な人!」


「あの時の女神様と同じ学び舎で勉学に励めるとは……生きててよかった……」


「波里に加えて時波さんもこの同じクラスだとは……他のクラスが可哀想だぜ」


 様々な歓喜の声が上がる中、俺は未だに言葉を失ったまま。


 どこからどう見たって、彼女は俺の家で共に生活している白花本人だ……。仮に彼女が俺の知っている白花だとして、どうして学校に? それにこのことを杏は知っていたのか?

 

 咄嗟に杏を見ると、視線の先の彼女は俺と同じような表情……いや、それ以上か。驚きのあまり口をパクパクとさせていた。あのリアクションから察するに、杏も知らなかったようだ。

 

「はい、皆さん静かに。では時波さんの席はです」


「はい!」

 

 騒がしい教室を静まらせた担任からの、お約束のような流れで席を案内された転校生はその席に向かう。


 自分の席に着いた転校生は椅子を引いて座り、鞄を机の横にかけると、左隣のクラスメイトに挨拶をした。


「よろしくね……豊」


 そう、彼女の席はなんと俺の隣であり、彼女の言葉で俺は確信する。彼女は紛れもなく、俺が知る白花本人だと。


「な、なんでお前がここに!?」


 白花は慌てふためく俺を見て、クスッと笑う。


「びっくりしたでしょ? 豊と杏を驚かせたくてずっと内緒にしてたの」


「もしかして、じいちゃんがコソコソしてた理由も白花が学校に来るための準備だったのか?」


「正解!」


 これで合点がいった。体育祭の日、何故じいちゃんが学校で用事があったのか……それは白花をこの学校に通わせる為の手続きだったのだろう。


 しかし、不可解な事はまだある……。俺達が通うこの学校は、。中学までの義務教育とは違って、ここの生徒になる為にはある程度の学力検査、俗に言う受験をしなければならない。


 しかし白花は、ほんの1ヶ月前まで言葉すらまともに喋れなかった。そんな彼女がたった1ヶ月で高校受験を合格できるほど学力が向上したとは考えにくい。


 考え込んでいると、白花が再び俺に声をかける。


「豊の考えてる事、当ててあげようか? 『どうやってこの学校の生徒になれたんだ?』でしょ?」


「な、なんでわかった!?」


「ふふ、なんでだろうね……でも、ちゃんと勉強して学力テストを合格したんだよ?」


 そういえば、前に「勉強が楽しい」って言っていたが、いくらなんでも限度がある。


「だとしても、こんな短期間の勉強で合格できるほど簡単じゃないだろ? だってお前は……」


「『お前は記憶も無いし、ついこの前まで言葉も話せなかっただろ』って言いたいんでしょ?」


 またしても、白花は俺が言おうとしていたことを言い当てる。まるで頭を見透かされているようだ。


 俺の驚きは少しも収まることなく、朝のホームルームは終わる。次の授業までのわずかな空き時間になると、クラスのほとんどの生徒が一斉に白花の元へと駆け寄った。


「時波さん! えーと……よろしくね!」


 白花を囲う1人の生徒が挨拶をすると、彼女は笑顔を見せる。


「ふふ、白花でいいよ! こちらこそよろしくね!」


 彼女が笑顔になった瞬間、周りが良い意味でざわつく。どうやら白花は入学して早々、クラスの人気者になったようだ。


 クラスメイト1人1人の質問に丁寧に答えている白花に素直に感心していると、杏が俺の元に近寄ってきた。


「豊、知ってた?」


「全く知らなかった。じいちゃんが何か隠しているとは思ったが、まさか白花を学校に通わせるためだなんてな……」


 俺の言葉を聞きながら、杏はクラスメイトに囲まれ楽しそうに話している白花を見つめている。


「一体どうやって入学したんだろうね?」


「それは俺も思ったけど、どうやら普通に受験したみたいだぞ」


「え!? それ本当?」


 そう、白花を知る者なら今の杏の反応が正しい。


 しかし、白花の言葉か嘘か本当かはすぐわかることになる。


 今日の最初の授業である数学が始まり、いつもより難しい内容を数学教師が進めていく。


「じゃあ、ちょっと難しいがこの問題解けるやついるかー?」


 教師がそう言った瞬間、一目散に白花が手を挙げた。


「はい!」


「はい、では時波」


 白花は立ち上がって、問題の書かれた黒板の元へ行く。


 ちなみに学年で真ん中程度の成績の俺には、あの問題を解ける自信は無い。


 俺だけではなく、皆が注目する中で白花はチョークを持って、流れるように問題を解いていく。そしてチョークを置き、教師に報告した。


「……できました!」


「これは感心。完璧だな」


 彼女の解答が非の打ちどころの無いものだと教師が証明した途端、クラスがざわついた。もちろん、悪い意味ではなく白花の知能の高さについてだろう。


 少し照れくさそうに席に戻る白花を見ていると、彼女がちゃんと受験をして、この学校に入ったというのは信じるしかないようだ。


 確かに出会った時から彼女の知能の高さには驚かされることは多かったが、まさかこれ程だったとは……。


 その後も、いつもより落ち着かない学校生活は進み、昼休みの時間になる。自分の席で弁当箱を開く俺に東が声をかけた。


「今日は疲れた顔してんな」


「まぁな」


「もしかして白花ちゃんが転校してくるの知らなかったのか?」


「これっぽっちも」


 東は俺の1つ前の席の椅子に座ると、俺と同じ机で弁当を広げる。基本俺の昼食は東と共にすることが多い。


「しかし……初日から大人気だなー、白花ちゃん」


 東は隣の席でクラスメイトに囲まれている白花を見ながら、箸で昼食を口へ運ぶ。


「……そうだな」


 東に相槌をうちながら、俺も昼食を口に運んでいると、背後から声をかけられた。


「おっ! いつも通り、男2人で食べてますねぇ」


 声のする方へ顔を向けると、そこには杏がいた。


 彼女は俺の後ろの席から椅子を借りて、東と同じように俺の机で弁当を広げた。


「私も混ぜてー!」


「珍しいな、いつも他の人と食べてるのに今日は1人なのか?」


「それが、いつも食べてる友達が彼氏できちゃってさ、これからお昼は彼氏と一緒に食べるんだって……」


「だからと言って、何も男2人のところに来る事無いだろ……」


 超絶人気者の杏のことだ。俺と違って昼食を共にできる友人はたくさんいるだろう。


「誰とお昼を食べるかなんて、私の勝手じゃん……。んー! 今日も源さんのお弁当おいしー!」


 俺の言葉で少し不機嫌になった杏だったが、じいちゃんお手製の弁当を1口に運ぶと、たちまち幸せそうな表情をした。


「まぁいいじゃん! 野郎2人が杏ちゃんみたいな超絶可愛いと一緒にご飯を食べられることなんて、そうないぜ?」


 そう言う東に「お前の言っている超絶可愛いとは、ここ最近毎日同じ食卓なんだが」と返しかけたが、恐らく言った瞬間にこの男は、血の涙を流して暴れるだろう。


 昼食を続けながら、ふと再び白花の方を見る。先程より彼女を囲んでいた生徒は少なくなっていたが、どういう訳か白花本人はこちらを見て頬を膨らませていた。


「おい杏……白花のやつ、なんでこっち見て膨れてるんだ?」


「え?」


 杏は体の向きを変えて、白花の方を見ると、なにかに気づいたようだ。


「……あーそういうことか……ちょっと待ってて!」


 杏は昼食を中断して立ち上がると、白花の元へ向かうと、彼女の周りで会話している数人の女子生徒に声をかけた。


「ごめーん! 実は白花ちゃん、私達とご飯食べる約束してたんだよね!」


 杏が白花を囲んでいた女子生徒達にそう言うと、その中の1人が申し訳なさそうに口を開く。


「えっそうだったの!? ごめんね時波さん、長々と話しかけちゃって……」


「ううん、私もはっきり言えなくてごめんね。でも、話しかけてくれて凄い嬉しかったよ! 今度、お昼一緒に食べようね!」


「うん! 絶対だよ!」


 白花を囲んでいた最後の集団がいなくなり、ようやく弁当を取り出した白花は杏に礼を言う。


「ありがと杏」


「ううん、気づかなくてごめんね」

 

 状況が全く理解できない俺は、素直に2人に問いかける。


「なぁ白花、どうしてこっち見て怒ってたんだ?」


「……はぁ、これだから豊は……」


 呆れている杏の横で、白花は再び頬を膨らませる。


「だってずるいよ! 私だって豊達と一緒にご飯食べたかったんだからね!」


 どうやら白花がこちらを見て膨れていたのは、単純に羨ましかったからのようだ。


「ほらほら、白花ちゃんも弁当持ってこっちおいで!」


「いや、流石に1つの机に4人分の弁当は厳しいんじゃないか?」


「それもそうだね……じゃあ私の机を繋げよう!」


 そう言って白花は自分の机を俺の机に繋げた。


「これなら4人で食べられるね!」


 そうして俺の隣には東、その向かい側には白花と杏4人のスペースが出来上がる。


 なぜか隣の東はとても清らかな涙を流している。


「豊……俺、こんなにもお前と親友で良かったと思えたのは初めてだ……。ありがとう……」


「何言ってんだお前は……」


 意味の分からないことを言いながら、泣いている東に白花が驚く。


「江夏君!? なんで泣いてるの?」


「気になくていいぞ白花。東はこういう人間だからな」


「ありがとう白花ちゃん……優しいんだね。俺の隣にいる奴とは大違いだ」


「3人共、早く食べないと昼休み終わっちゃうよ?」


 昼食を終えた後も、4人で他愛の話をしながら残り少ない昼休みの時間を過ごす。


 その中で俺は、いつもよりもの感じていた――。

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