第22話 とっても豪華な夕食でした
「先輩、約束通り友達からお願いしますね! あっ私は友達でも平気で抱きついてしまうので気にしないでください!」
「馬鹿、離せ! 俺の立場を考えろ!」
急に教室を訪れてきた涼森に抱きつかれた俺は、彼女を振り解こうとする。しかし、俺の背中の後ろでガッチリ組まれた彼女の手は中々離れない。
結局抱きつかれた状態のまま、ふと周りを見ると、教室に残っているほとんどの生徒の視線は俺達に向いていた。
「えっなになに?」
「抱きついてるけど、時庭君の彼女?」
「あの白い髪の
クラスメイト達の様々な憶測の声が聞こえる。
そんな状況で、東は涙を流しながら椅子を頭上まで持ち上げ、こちらへ迫ってきていた。
「ゆーたーかぁぁぁ! 杏ちゃんや白花ちゃんだけでは飽き足らず、こんな可愛い子にも手を出してたとは! その罪、万死に値する!」
「やめろ東! その椅子で時庭をどうしようとするつもりだ!?」
東はクラスメイトの男子達に抑えられ、俺は彼の嫉妬心に粛清されるのを逃れられた。こうなった原因の涼森は動じず、俺を抱きしめ続けている。
「私、先輩と一緒なら地獄だろうと着いていきます」
「……はぁ」
訳の分からない事を言う涼森に俺は大きな溜息をつく。
依然として教室内のクラスメイトから注目される最中、その中でも特別刺すような強い視線を感じる。感覚を頼りに教室を見渡すと……教室の扉のあたりで立ち止まって、こちらを見る杏に焦点が合った。上級生の呼び出しに向かう為、教室を出ようとした時に、涼森とすれ違ってからその場を動いていないようだ。
しかし、問題はそんなことではない。
俺が強烈な視線の
どうして、
訳がわからぬまま杏の冷たい視線に怯えていると、彼女は溜め息を吐いて教室から出て行ってしまった。
何か彼女の気に触れることでもしたのだろうか?
考えてもすぐには答えは見つからない、それよりも解決すべき問題は俺に抱き着いたまま、胸の辺りで頬ずりしているこいつだ。
「先輩~」
「お前、いい加減に……!」
涼森を引き離すため、今度は少々本気で彼女の腕を解こうとした瞬間、俺の胸に顔を埋めていた彼女はなにかを思い出したかのように口を開く。
「あっ私この後、自分のクラスの打ち上げの幹事だった! じゃあ先輩、また来ますね!」
そう言って涼森は俺の背中に回していた、がっちり組んだ両手を自ら離して満足そうな表情で教室を足早に出て行った。
結局彼女の行動は上級生の教室に突入して、思春期真っ只中な人間が多数いる中でお目当ての先輩に抱き着いて注目を浴び、満足したら帰るという、まるで穏やかな日に急な突風が吹いたようなものだ。
時間としては2~3分程度の短い時間だったが被害者の俺にはクラスメイト達の、あの様々な意味の込められた視線を浴び続けている間は、その何倍もの長い時間に感じる。
想定外の心労を抱えながら、帰宅しようと鞄を持つ。
しかし、このまま家へ帰る事はできないだろう……。
理由は俺の行く手を塞いでいる東を筆頭にした複数のクラスメイト達だ。
「あー豊君? もちろん何も説明しないで帰るわけじゃないよね?」
表情そのものは笑顔だが、声が笑っていない東と、他のクラスメイトの男子生徒数名が俺を囲んで事情聴取を始める。内容のほとんどは、俺自身も全く知らない涼森のことだったが、どさくさに紛れて白花の好みを聞いてくる奴もいた。
根掘り葉掘り聞かれ、結局解放されたのは時計の長い針が1周以上した頃。普段であれば既に家に着いている時間だが、俺はまだ校舎の中。白花も首を長くして待っているだろう。
すぐさま校舎を出て、然程遠くはない帰路を駆け足で進む。道中、頭の中で今日の体育祭を振り返っていると、あるシーンが一際大きな存在感を放っていた。
それはリレーで大活躍した時の大歓声でも、可憐な後輩に告白された時でもない。
今日の体育祭で俺の記憶に強く焼きついていたのは、俺の名を呼んでいた時の白花の笑顔だった。
――今日1番の思い出があいつの顔かよ……。
一瞬、少しだけ口角が上がる。
何故自分が一瞬笑ったのか不思議だが、答えを出す前に家に辿り着いてしまう。少し息を切らしたまま扉を開ける為にドアノブを掴もうとすると、勝手に扉が開いた。
「「おっそーい!」」
寸分も狂わないタイミングで、言葉をハモらせながら白花と杏が姿を現した。。
「しょうがないだろ、東達に捕まってたんだよ」
玄関で靴を脱ぐと、見計らっていたかのように白花が俺の腕を引っ張った。
「もう! 早く、着替えてきて」
「うわ!」
そのまま白花は俺の手を引いて、階段を上り俺の部屋へと向かう。不自然に感じたのが部屋へ向かうほんの数メートルの距離を進む俺の後ろを、杏が着いてきていること。白花と杏に挟まれる形で自室へ向かう俺の姿はまるで、見張りに監視され独房に連れられる囚人のようだった。
俺の部屋の前にたどり着くと、杏が俺を押し込む。
「着替えたら言ってね? 私達、部屋の前で待ってるから!」
困惑しながらも、言われるがまま俺は着替えを始める。扉の向こうには白花と杏が話している声が聞こえるものの、俺に聴かれないように声量を抑えているのだろうか? 内容まではわからない。
着替えを終え、2人に扉越しで声をかける。
「着替え終わったぞー」
そう言うと、部屋の扉が開き白花と杏が入ってきた。
「さてさて、今日は後輩にモテモテだったようじゃない? 時庭先輩?」
「あ、杏……?」
杏に続いて白花も俺に詰め寄る。
「ご飯ができるまで、少し時間があるから話を聞かせてもらえるよね?」
「……はい」
俺は東達に説明したことと、同じ内容を杏達にも説明した——。
「……じゃあ、あの涼森って後輩は豊に振られたのにも関わらず、諦めずにアタックしてきたってわけね?」
「そういうことです」
「アタックってなに? 豊、体当たりなんかされたっけ?」
事情を説明すると、杏は理解を示す素振りをしながら溜め息を漏らしているが、一方で白花は話の内容をうまく理解できていないようだ。
「白花ちゃん、今度ちゃんと教えてあげるからね……。それよりも豊?」
「はい」
「相手の辛そうな顔を見ると言葉が詰まる気持ちはわかるけど、相手をその気にさせた豊にも責任はあると思うよ」
「はい」
流石杏だ。異性に告白されて、断る側が1番辛い要素を知っている。
白花と杏の2人からの事情聴取を終えたころ、部屋の扉がコンコンと2回ノックされ、向こう側からじいちゃんの声が聞こえた。
「おーい。そろそろ、飯できるぞー」
「はーい!」
じいちゃんの夕飯を知らせる言葉に杏が返事をする。
「よし、この話はここまで! ご飯食べよ!」
「杏、今日は私も手伝ったの! 凄いご馳走なんだから!」
「それは楽しみ! 早く行こ!」
そう言って白花と杏は俺を取り残して、足早に部屋を出て行った。
「……はぁ」
解放された俺は溜め息を吐き、ほんの数秒の間ぼーっとしていると、夕飯の良い匂いが鼻をくすぐる。すると、俺の脳内の欲求は「休みたい」よりも、「空腹」を訴え始める。
心身共に疲労が溜まった体を動かしダイニングへ到着すると、テーブルには豪華な料理が並べられていた。
「すげぇな……」
「まぁ大事な祝い事だしな!」
「祝い事?」
じいちゃんの言葉に違和感を覚える。今日は体育祭という一大行事はあったものの、特にめでたい日だった訳では無い。
しかし、深く追及せず俺は席に着く。4人揃ったところで、いつもよりかなり豪華な夕食が始まった。
「今日、豊帰るの遅かっただろ? 杏ちゃんと白花ちゃん、2人で窓から外を見ながら豊が帰るの待ってたんだぞ?」
「源さん! それは言わないでー!」
箸が止まり、照れくさそうにする杏だが、そんな彼女の隣で白花は平気そうに料理を頬張っている。
「そういえばじいちゃん、今日何回か用事でいなかったみたいだけど学校に何の用事があったんだ?」
「あ、あれか……たいしたことじゃねぇよ」
――この歯切れの悪さ……おそらくだが、じいちゃんは明らかに俺に隠し事をしている。
「まぁ時が来たら伝えるから、それまで待っててくれ」
「今は言えないのか?」
「まぁそうだな……トップシークレットってやつだ」
「トップシークレットねぇ……」
じいちゃんの言うトップシークレットは気になるが、「いずれ伝える」と言っているだから、これ以上詮索するのは辞めておこう。
——しかし、この秘密の内容を俺はじいちゃんの口から直接聞かずに知ることとなった。それは体育祭から1週間が過ぎたあたりの朝のホームルームの出来事。
「急ですが、今日からこのクラスに転校生が来ました」
担任の一言でクラスがざわつく。
無理はない、学生生活において転校生とは貴重なイベントなのだから。
「それでは入ってきてください」
担任の合図の直後に教室の扉が開くと、俺達と変わらない制服姿の生徒が緊張した様子で姿を見せる。
俺は自分の目を疑った。
転校生の姿を見て、先程までざわついていたクラスメイト全員が言葉を失い、教室内は静寂に包まれる。俺も開いた口が塞がらない。
転校生は教卓の前にたどり着いて俺達と向き合い、深呼吸を1つする。
最初は何かの間違いかと思った。しかし、見間違うはずはない。
腰まで伸びた綺麗な
「はじめまして! 今日からこのクラスで皆さんと一緒に勉強をさせてもらう、
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