第21話 悪い人が目の前に現れました
体育祭の後片付けを終え、
「『好き』って……話した事もない俺を?」
「はい! 初めて時庭先輩を見た時から憧れていました!」
「そ、そうか……」
まずい……杏と違って俺は異性から好意を伝えられることに慣れていないから、どう振る舞っていいかわからない。
今俺の後ろにいる、白花にも借り物競争の時に「好き」と言われたが、それは涼森が俺に伝えている「好き」とは違うベクトルのため、ノーカウントだ。
「あ、あの!」
言葉に困っていると、涼森が更に何かを決心したかのように話題を切り出す。
「時庭先輩は、波里先輩と付き合っているわけではないんですよね?」
「まぁそうだな……確かに仲は良いと思うが、杏とはそういう関係ではないな」
涼森が少し安心した表情を見せたのも束の間、今度は俺の後ろにいる白花に目線を移した。
「じゃ、じゃあ後ろの人は……? 今日、仲良さそうに抱き着いていましたけど……」
「こ、こいつは白花って言って、俺の遠い親戚なんだ。そ、それで……海外出身だからさ、ちょっとスキンシップの文化が俺達とはズレているんだよ」
俺のどもった口調が悪かったのか、涼森は納得する素振りをまだ見せずに、白花の事をじっと見つめている。
一方で涼森に見つめられている白花も何故か涼森を見つめ返して……いや、白花にいたっては見つめるよりも睨んでいるに近い鋭い目つきだ。「なんで、お前は睨んでいるんだ」と言いたいが、言う前に涼森が話を再開させた。
「……とりあえず、わかりました。では、先輩は現在誰とも交際しているわけではないんですよね?」
「そうだな」
現在というより生まれてから今まで1度も、彼女など居たこともないけどな。だから、もしここで涼森の告白を受けて交際するとしたら彼女が俺の人生初の彼女という存在になるわけか。
「じゃ、じゃあ! 私と!」
俺に交際相手がいないとわかり、彼女は先ほどよりも少しだけ希望が満ちたような声を出す。その刹那、俺は「もし鈴森と付き合ったら」という想像をした。
話したのは今日が初めてだが、可愛らしい顔立ちに髪型はショートボブ。小柄な体格の外見や雰囲気から察するに、きっと良い子なのだろうと容易に想像ができる。それは、きっと彼女と交際すれば学校生活も楽しくなると大きな期待をできるほどだ。
しかし、そう考える以前に俺の中では答えは決まっている――。
「ごめん」
涼森が言葉をすべて言い終わる前に、俺は彼女が1番欲していないであろう言葉を口にした。ショックからか、彼女は言葉の途中で口を閉じる。俺のせいで茫然自失した表情は……見るのが辛かった。
勇気を出してくれた涼森に罪悪感を抱きながらも、俺は言葉を続ける。
「気持ちは嬉しいんだけどさ……俺の事は諦めてくれ」
「……」
沈黙が続く。気まずさから、涼森の顔を見ないように1度目を逸らし、再び彼女目線を戻すと、綺麗な瞳は涙で潤んでいた。
まじかよ……。
どうしようもない事だが、どんな理由であれ女性を泣かせたというのは、精神にくるものがある。
必死に涙が瞳から溢れるのを堪える彼女に掛ける言葉が見つけられないでいると、意外にも彼女からの言葉で、この沈黙は数秒で終わりを告げた。
「……どうして、駄目なんですか?」
言葉から推測するに、完全に諦めた訳では無い様子の彼女に俺は腑抜けた声で答える。
「どうしてって……俺達お互いの事も知らないし……」
この時の俺の言い方がまずかった。中途半端に俺の返事に、彼女の瞳は再び希望を取り戻すように、俺を強く見つめる。
「じゃあ! お互いを知れば、チャンスはあるって事ですか?」
「いや、その……まぁなんというか……」
急に勢いが戻った涼森にたじろぐ俺は言いたい事を口にできずに、はっきりしない返答をしてしまう。「例え、お互いを知っても君とは付き合わない」そう言えれば良かったのだが、先ほどの失意に沈んだ彼女の表情を思い出してしまい、言えなかった。
「わかりました! 今日のところは引きます! 失礼します!」
「お、おい! ちょ……」
意味深な言葉を残して校舎の方へは走って行ってしまった。
「今日のところは」っていうことは、諦めないってことだよな……。
人に告白するのは勇気のいることだとはわかるが、断る方もこんなにしんどいとは思わなかった。これを何度も経験している杏には、素直に尊敬の念を抱く。
今度、涼森に告白された時の為にも、極力相手を傷つけない断り方を教わろう。
深呼吸をして、酸素を循環させて体をリラックスさせると自分がここにいる本来の目的である白花の方を振り向く。
「悪い白花、待たせたな……ってなんでそんな顔してるんだ?」
白花はいつもよりも少し険しい顔をして、涼森が入っていった校舎の入り口の方を見ていた。
「さっきの人、悪い人だね! 豊を困らせるんだから!」
頬を膨らませて怒る白花の言葉から察するに、涼森が俺を困らせた意地悪な人だと思い込んでいるようだ。
最近は言葉こそ達者になったものの、先程の涼森のように困らせてくる人は悪い人という極端な発想をしてしまう考え方や行動などは、まだ一般的な常識とズレる一面がある。
「困らせたって、確かに困ったけどよ。あいつだって勇気を出して俺に気持ちを伝えたんだから、悪い人ではないぞ」
「でも、あの人豊に好きって言ってたよね?」
「言ってたけど、それがなんだ?」
「さっきね杏が教えてくれたの。『女の人が男の人に簡単に好きって言っちゃいけないよ』って、私が豊に『好き』って言ったのも注意されたんだ」
その言葉で彼女が何故、涼森をあんなに敵対視していたのか合点がいった。おそらく白花は杏に「安易に異性へ『好き』と好意を伝えるべきではない」と教えられたのだろう。しかしどうしてか、白花は俺や杏に駄目と言われた事をする者は悪人だと、これまた偏った考えをする時が時折ある。
「あーそういうことか……。あのな白花、確かに俺は困ったけどあの人は別に悪い奴じゃないんだ」
「え、どうして? 好きって言葉は言っちゃいけないんでしょ?」
白花の勘違いを解いてやりたいが、中々良い言葉が浮かばない。「今みたいな交際を申し込むときに伝えるのは悪いことじゃない」と言ったところで、世の中の仕組みをまだ完全に理解できていない彼女に今そのことを伝えても、「交際ってなに?」から始まり、ややこしいことになりそうだ。
仮に交際とはなんたるかを丁寧に説明したとしても、記憶喪失の影響で人としての本能がいささか欠如している白花は頭の上に「?」を浮かべるだけだろう。
「今度、杏に教えてもらえ。それはそうと、なんで白花はまだここにいるんだ? じいちゃんは?」
「源さんはちょっと用事を済ませてる! ここにいたのは……あっそうそう!」
何かを思い出したように白花は手をポンと叩いた。
「豊、体育祭お疲れ様! かっこよかったよ!」
労いの言葉をかける白花の笑顔に、なんだか胸の中が暖かくなる。
こいつ、これを言うためにここで待ってたのか……。
「ありがとよ。白花も見に来てくれてありがとう。じゃあ俺はそろそろ戻るな」
「うん、じゃあ家で待ってるね! 今日は私と源さんが作るご馳走だよ!」
「わかった。楽しみにしとくよ」
白花と1度別れ、教室に戻る。ホームルームも終わり、鞄を持って席を立つと東に声をかけられた。
「豊、今日この後体育祭の打ち上げやるんだけど、良かったらお前も来ないか?」
「パス」
東の誘いを1秒とかからず俺は断る。
「即答かい! まぁお前、こういうのあんま好きじゃないもんな」
「流石よくわかってるじゃないか。でも、誘ってくれてありがとうな」
俺がどんな人間かを知っている東は、俺が来ないことを承知の上で聞いたのだろう。それでも俺を誘ったのは、俺が除け者扱いにならないようにと、東なりの気遣いだと理解している。
「なーに、話してんの?」
俺達の会話に興味を持ちながら、声をかけてきたのは杏だった。
「杏は打ち上げ行くのか?」
人気者の杏の事だ、こういう誘いは真っ先に声がかかっているだろう。
「んーまだ行くとは言ってないんだよね……」
「どうした? なんか用事でもあるのか?」
「あはは……えっとねぇ……」
杏は答えにくそうに少し引き攣った笑顔を浮かべたが、それをフォローするように東が口を開く。
「杏ちゃん、この後、上級生に呼び出されているんだよ」
東の一言で俺は察する。杏の予定、それは先ほど俺も経験した異性からの交際の申し込みだ。
「あーそういうことかぁ……相変わらず大変だな……」
「今日これで3人目だよ! 断る方もしんどいのに……はぁ」
その気持ちはわかる。さっき俺も経験した。
心の中で杏に同情していると、東が杏に問いかける。
「でも、その上級生の相手ってかなり女子からも人気の高いイケメンだよな? 杏ちゃん的にはどうなの?」
東の質問に杏は迷う素振りも見せず即答した。
「無しかな! チャラそう!」
チャラそうな上級生か……杏にとっては1番苦手なタイプだろうな。
ある心当たりから、俺は杏を気に掛ける言葉をかける。
「杏、大丈夫なのか?」
「大丈夫……ちゃんとひと気のある場所でってお願いしたから」
「ならいいけど……なんなら着いていこうか?」
「いいよいいよ! 恥ずかしいし! じゃあちょっと早いけど行ってくるかな……」
そう言って、少し気怠そうに教室の出口に向かう。すると、彼女が扉に差し掛かったあたりで、ある人物が廊下側から杏より先に扉を通り抜ける。
「わ! すいません!」
よほど急いでいたのか、危うく杏と衝突しそうになったある人物は立ち止まらずに彼女に謝罪した。そして、その人物は教室を見渡し、俺と東のいる方へ視線を止める。
「あっいたいた!」
その人物はこちらに駆け寄ってはある者の手を握り、教室に響き渡るには充分すぎるほどの大声でこう言った。
「先輩! 先輩に言われた通り、まずは友達からお願いします! 私、先輩にふさわしい彼女になれるように頑張ります!」
俺は唖然とする。なぜなら手を握られているのは俺だからだ。
そう……言葉を失っている俺の手を握っているのは、先ほど告白をしてきた涼森だった――。
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