第17話 とても楽しい1日でした


 昼食を終え、杏の膝の上で白花が眠ってしまったのでしばしの間、俺と杏もベンチで休む事になった。


「ふふ、白花ちゃんの寝顔可愛いね」


 白花を気遣い、杏が静かに笑う。


「なんつーか、ほんと子供みたいな奴だよな」


「それわかるかも。なんだか白花ちゃんってこの姿で生まれてきたみたいだよね」


 大人の姿で生まれてきたか……確かに白花の言動は文化が違うと言うだけでは説明しきれない箇所もある。


「確かに心が子供だったらミミズを持って走り回るのも頷けるな」


「その話は辞めて……うぅ〜また背中にあの感触が……」


 ミミズが背中に入った時の感触を思い出してしまった杏は身震いしている。


「……ねぇ、豊? さっきの話なんだけど、いつでも豊の家でご飯食べてもいいって本当?」


 宙吊りになっていた話題を再び杏が切り出す。


 俺としては暴走して気色悪い事まで言ってしまって半分黒歴史になりかけていたのだが、杏から再度話題を戻すと言うことは気持ち悪がられてないという解釈でいいだろうか?


 そう信じ、杏に顔を背けた俺は、これ以上余計な事を言わない為にも最小限の返答をする。


「……あぁ、いつでも食ってけよ」


「やった! 嬉しい!」


 顔を戻して杏を見ると、彼女は満面の笑みをしていた。


「じゃあ合鍵は用意できたら貰いに行くね」


「合鍵もか!?」


 正に今、記憶のフォルダからゴミ箱に移動させようとしていたものを杏が話題に出した。


「あれ? 豊が言ったんだよ? 『合鍵も渡す』って、それとも私の聞き間違い?」


「いや、確かに言ったけどよ……」


「じゃあ、お願いね!」


 自分が言い出したことで別に問題は無いのだが、なんだろう? この気恥ずかしさは……。

 

「……ねぇ豊?」


「なんだよ」


「また……一緒にここに来れるかな?」


「来れるだろ? 遠いわけでもないし」


 俺の返答を聞いた杏は、先程の俺のように顔を背ける。

 

「次は来る時は2人かな?」


「確かに3人では来れないかもな。その時に白花はもう家にはいない可能性が高いだろうし」


「……豊の馬鹿」


「え? 今なんて言った?」


「なんでもないよーだ!」


 そう言って杏はこちらへ振り向く。表情はいつもと変わらない。

 

 すると、杏も膝の上で眠っていた白花が目を覚ました。


「うーん……」


「あっ! 白花ちゃん起きちゃったみたい」


「……あんず?」


目をさました白花が目を擦りながら体を起こすと、彼女が頭を乗せていた部分には涎の跡が残っていたが、杏は気にせずに立ち上がる。


「よし、休憩終了! 今度はあっちの方に行ってみようよ! おいで白花ちゃん!」


 歩き出した杏に呼ばれ、白花は杏の後に着いて行くが途中何回か振り向きながら俺がいるのを確認する。


「ゆたかー!」


「はいはい、ちゃんといるって」


 白花の言葉に答えながら、俺は2人の少し後ろを歩きながら、さっきの杏との会話で自分が言ったことについて考える。


 次来た時にはきっと白花はここにはいない……。彼女と一緒に過ごすのはあと何日だろうか?


 少し寂しさを感じながら、杏と一緒に花を観察する白花を見ていると、俺の視線に気付いたのか白花は俺を見て笑った。


「ゆたか!」


「……!」


 花に囲まれ、無邪気に笑う彼女に俺の心は大きく揺れ動く。


 この気持ちに名前をつけるとしたら……。


 ――だ。


 時間はあっという間に過ぎ、家に帰る時間になる。

 

 来た時と同じ桜並木を眺めながら歩く。


 家に着き、4人で夕食を食べ、いつもより早めの就寝をとった。


 そして3人で花を見たあの日から1日、また1日と時は瞬く間に過ぎ、ある朝俺は目を覚ます。

 

 ――日付は6月12日。


 あれから1か月、目を覚ますと静かな朝には似合わない程の大きな声で俺を呼んでいた白花はもういない。

 

 だって白花はもう……。

 

 時計を見ると時刻は6時40分。


 まだ余裕はある……まだ寝れる。


 2度寝をすることに決めた俺は布団に入り直す。


 心地良い2度目の眠りに落ちようしていると、入り口の扉が開く音が聞こえた。

 

 「豊、おはよう。早くしないと遅れちゃうよ?」


 誰かが流暢な言葉で俺を呼ぶ。声からして女性だ。


 いつもであれば俺起こす女性と言えば杏しかいない。


「……あぁ、おはよう杏」


 重い瞼を開け女性の方を見ると、俺を起こしに来たのは杏では無いことに気がつく。


 目を開けるとそこには美しい月白色の髪に青い瞳をした少女……。


「杏じゃなくて、


 そう、白花がいた――。

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