花は理知を蓄え、意志を持つ

第18話 思ってたのと違いました

 

 白花を保護した日から1ヶ月以上が経過したある日の朝、流暢な日本語で俺を起こしたのは杏ではなく白花だった。


「ほら、もうすぐ朝ごはんだよ」


「わかった。すぐ行く」


 この1ヶ月で白花は信じられないスピードで俺達の言語を習得し、最近では会話に困ることはない。  


 結局、あれから白花に対する調査は一向に進まず、警察からは未だ保護を継続して頼まれるだけだった。


 最初は戸惑っていた俺達だが、今では白花を保護し続けることに関しては別に問題はない。


「杏も来ているから、先行ってるね」


 そう言って白花は、部屋を後にした。


 白花は会話以外にも着替えや入浴、家事などはすべて1人でこなせるようになった為、以前のように杏に世話をしてもらう必要は無い。


 それでも杏が今も我が家へ来るのは、先月恵花ガーデンに行った際、俺が彼女に「いつでも俺のうちに来て、飯でも食ってけ」と言ったからだ。


 そのことに対してはじいちゃんも杏が基本家で1人であることを気かけていたらしく、「杏ちゃんが嫌じゃなければいつでも来なさい」と快く受け入れてくれた。


 それから杏はほぼ毎日、俺達と食事をしており、家の合鍵も持っているため食事以外の目的でも家にいることがある。


「豊ー! 早くー!」


 1階に降りた白花が再度俺を呼ぶ。


 欠伸をしながら1階のリビングに向かうと白花と、既に制服姿の杏がいつもと変わらない笑顔でそこにいた。


「あっ! 豊おはよー!」


「おう、おはよ」


 挨拶を返すと杏は何かを見つけたような表情を浮かべながら俺に近づき、俺の頭をぽんぽんと叩く。


「豊、すごい寝癖!」


「起きたばかりなんだからしょうがねぇだろ」


 他愛もないやり取りをしていると、キッチンの方からじいちゃんが顔を覗かせた。


「おう、豊起きたんだな。もう朝飯にするから、さっさと準備して来い」


「はーい」


 言われた通り、俺は着替える以外の身支度を急いで済ませ、3人の待つ朝の食卓の席につく。


 準備が整ったところで最近ではすっかりお馴染みとなった4人での朝食が何気ない会話と共に始まった。


「そういえば白花ちゃんって私達が学校に行ってる間、家では何してるの?」


「うーん、お掃除して洗濯して……あとは最近勉強が楽しい!」


「白花ちゃん……立派になったね」


 最近まで1人では、ほとんど何もできなかった彼女からは考えらないほどの成長に杏は感動している。


「しかし不思議だね……ここに来る前の記憶が無いなんて」


「……うん。やっぱり豊と初めて神社で会う前は思い出せないの」


 白花が俺達と完璧にコミュニケーションを取れるようになった事で俺達が何よりも気にしていた、について直接聞けるようになった。


 しかし彼女いわく、俺と恵幸神社で出会う以前の記憶は思い出せないようで結局何も分からないままだった。


 記憶が無いと言う事で思い当たるのはだ。


 当然、白花を病院に連れて行ったが検査の結果、脳や身体に異常は全く見られなかった。


 それどころか白花の体は非の打ち所が無い健康体とのことだったが……だとすると白花の記憶が無い事に説明がつかない。


 つまり診断結果は……現代の医学ではわからないだ。


 わかったのは白花には1ヶ月以上前の記憶が全く無いということ。


 だから衣服を着る事や睡眠、食事など人間として最低限のこともままならなかったのではないだろうか?そう考えるしか彼女に対する様々な疑問が繋がってこない。


 問題は宙づりのまま、何も解決していないが彼女は健康ということをプラスに捉え、我が家での生活は続いている。


「ご馳走様でした! 源さん、今日も凄い美味しい朝ご飯だったよ!」


「おう、いつもたくさん食べてもらえて嬉しいよ」


 杏の言葉にじいちゃんも嬉しそうに言葉を返すと、食器を片付けようとした杏に白花声をかける。

 

「食器は私が片付けるからそのままでいいからね」


「そうか? 最近ずっと手伝ってもらって、なんだか悪いなぁ」


「居候の身だもん、私にできることは手伝わせてよ」


 白花は会話ができるようになってから、家事を進んでやってくれるようになった。もちろん俺達から頼んだのではなく、彼女が「見ず知らずの私の面倒を見てもらってるのだから、これくらいはさせて」と言い出したのが最初だ。


「私も手伝うよ! 白花ちゃん良いでしょ?」


「ふふ、ありがと杏。じゃあお願いしようかな」

 

 朝食を終え、白花と杏が片づけをしてくれている間に俺は学校へ行く為の身支度をする。


 制服に着替え、1階に降りるとすでに食器の片づけを終えていた白花と杏、そして外出の準備をしているじいちゃんの姿もあった。


「あれ? じいちゃんも出かけるの?」


「ま、まぁな……ちょっと野暮用がな」


「ふーん」


 歯切れの悪いじいちゃんの返答に、若干違和感を覚えたが特に追及することはしなかった。


「ほら、そろそろ行かなきゃ」


 杏が俺を急かす。


 時計を見ると、あまり余裕が無いことに気づく。


「やべ! それじゃあ2人とも、行ってきます」


「行ってきまーす!」


 俺の言葉の後に杏が続くと、じいちゃんと白花が見送りに来てくれた。


「行ってらっしゃい。気ぃつけてな」


「豊、杏。行ってらっしゃい」


 杏と共に家を出ると、いつもと変わらない校舎までの道を歩きながら、杏がを持ちかけた。


「そういえば明後日の体育祭、選抜リレーアンカーの時庭豊くんのコンディションはいかがでしょうか?」


「なんだよその聞き方……。いつもと変わらねぇよ」


「おーかっこいいねぇ!」


 明後日は学校の体育祭がある。


 北海道は本州と違い5〜6月頃に体育祭を開催することが一般で、俺達が通う学校も今週末に開催予定だ。


 そして俺は体育祭の目玉行事の1つ、選抜リレーの花形であるアンカーを任された。


「源さんや白花ちゃんは見に来るのかな?」


「白花はわからないけど、じいちゃんは来る気満々だったな」


 高校の体育祭ともなると、応援に来ない家族もいるが俺のじいちゃんはスケジュールさえ合えば必ず特大の弁当を作り、誰よりも大きい声で応援する。


 正直かなり恥ずかしいが、親のいない俺を気遣ってのことだと理解している為、「来なくていい」という気持ちにはならないし、本音は嬉しい。


「そういえば杏の分も弁当作るらしいから、今年は自分の弁当用意しなくていいからな」


「ほんと!? やったぁ!!」


 空に向けてガッツポーズする杏に少し笑みが溢れる。


「子供かよ。そんなんだと今年は告白してくる人も減るんじゃないか?」


 体育祭や文化祭など大きな行事には、その特別な雰囲気にあてられて、少なからず自分の想っている相手に気持ちを伝える者が現れる。


 特に学年の壁を超えた高い人気を持つ杏は去年の体育祭で俺が見ただけでも3〜4人から告白されていた。


「あれ、結構恥ずかしいんだよ? それに断るの凄い申し訳無い気持ちになるし……ほとんど知らない人に告白されてもOKする気は無いから減ってくれるならそっちの方が良いよ……」


 いくら幼馴染で仲が良いとはいえ、俺と杏は交際しているわけではない。その為という立場を求めて、彼女に思いを寄せ、告白する者が何人も現れたがOKを貰えた者はいない。


「そう言う豊も、結構女子に人気あるんだからね!」


「はぁ? 俺が?」


「そうだよ!? 豊背高いし、運動神経なんて部活やってる人顔負けに良いし、おまけに勉強もそこそこできるじゃん?」


「急に褒め倒してくるな……」


「本当のことだよ? まぁ不愛想な一面もあるけど……まぁ、もしかしたら豊も何かあるかもね」


思わず「なんだ?その意味ありげな言い方は!」と聞ききそうになったが、校舎に着いてしまい杏が他の生徒に声をかけられ会話は中断されてしまった。


 教室に到着し席に着くと、すぐ朝のホームルームが始まる。クラスでの話題は明後日に控えた体育祭の事がほとんどだ。


 時間はあっという間に過ぎて1日、本番前日の大きな予行練習を終え、あっという間に体育祭当日を迎えた——。


 晴天に恵まれたグラウンドに放送局のアナウンスが流れる。


 見学に来ている人は……やはり多くない。


「豊ー!」


 薄い人混みの中誰かが俺を呼ぶ。


 じいちゃんの声ではない、女性の声だ。


 見学用のスペースから俺に手を振る人物が見えたが、もうあらかた予想がつく。


「えっ誰あの人? めっちゃ綺麗な人……」


「外国の人? でも、日本語で時庭のこと呼んでたよな?」


「なまら可愛い……」


「だっ誰か! 彼女が何者なのか紹介してくれ!」


 俺の周りのクラスメイトも彼女に注目する。


 美しい月白げっぱくしょくの髪をなびかせ、その美しい容姿は周りから目線を集めつつ、俺に手を振る人物……白花だ。


「豊ファイトー! 帰ったらご馳走だよー!」


「ばっ馬鹿! 余計な事言うな!」


 しかし1度口から出た言葉は引っ込められない。


 白花に集まっていた視線の標的が俺に変わる。

 

「帰ったらご飯!? 時庭どういうことだ!」


「お前あのと一緒に住んでるのか?」


 周りの……特に男子の血走った目線と質問責めに合いながらも、頭をフル回転させてこの状況を収める言葉を探していると、東が嫉妬に満ち、今にも血の涙を流しそうな表情で俺を問いただした。


「ゆーたーかぁ! お前杏ちゃんだけじゃ飽き足らず、あんな超絶美少女とまで……! 一体彼女はお前のなんなんだぁ!」


「いや、まぁ……その……」

 

 まずい……正直に神社で保護したなんて言えば、余計ややこしくなる!


「彼女は白花ちゃん! 豊の……遠い親戚だよ!」


 俺に助け舟を出してくれたのは杏だった。


 杏を見ると、「これなら問題ないでしょ?」と言わんばかりに俺を見て誇らしげにウィンクをする。


「そっそうなんだ! ちょっと家庭の事情で少しの間、俺の家にいるんだ」


「……まぁそういうことなら、罪には問うまい!」


 苦し紛れの返答はなんとか状況を丸めこた……というか、そう出来てなかったら俺は何らかの罪で裁かれていたらしい。


 程なくして開会式が始まり、俺の高校生活2回目の体育祭はどっと精神的疲労を溜めた状態で始まった――。

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