第14話 初めての外出は少し緊張しました


 外に出ると、空は昨日の雨が嘘だったかのように雲1つ無い晴天……とまではいかず、3割ほど雲が空を埋めている。しかし気持ちの良い、散歩日和であることに間違い無い。


「まずどこ行く?」


「天気も良さそうだし、恵花ガーデンの方まで行くか?」


「いいね! ということは、通るよね?」


「あぁ、ちょうど見頃だし良いかもな」


 今日の目的地は歩いて30分程の場所にある恵花ガーデンに決まったが、そこに向かう道中で、この時期ならではのが見える。


 俺達と違う文化を持つ白花にとっても驚いてもらえる可能性が高いだろう。


 が見える場所へは現在地から、そう遠くはない。


 杏と未だ上着の裾を握っている白花を連れて歩きながら上を見ると、青空を3割程埋めていた雲が少なくなっていた。


「なんか、こうして豊と出かけるのも久々だね」


 俺と白花より少しだけ前を歩く杏がこちらを振り向きがら俺に話しかける。


「そういえばそうだな」


「今だから聞けるけど1年生の時、豊って私の事避けてなかった?」


「あぁ? そんなことねぇよ」


 距離が離れたのは偶然とでも言うような反応をした俺だが、杏の勘は当たっている。俺が故意的に彼女を避けていたのは事実だ。


 大きな理由は「杏にもっと学生生活を楽しんでもらいたい」、それだけだった。


 両親が亡くなり、それまでの日常を失った俺を支える為に杏が費やしてくれた時間は計り知れない。


 あの時杏が支えてくれていなければ、今の俺は存在していないと断言できる。


 しかし杏が俺の為に当時の彼女自身の時間をほとんど割いてくれたということは、同時に明るく他の生徒からも人気が高かった彼女が送れるはずだった中学校生活の貴重な時間を失うということ。

 

 当時自分だけの事で精一杯だった俺がその事に気づいた頃には、中学校生活は残り半年を過ぎていた。その頃にはお互い同じ学校へ受験することも決まっていたが、「高校も杏の時間を奪いたくない」という思いが強くなった俺は自ずと杏を避けていたのだ。


 入学時には俺と関わる時間がほぼ無くなった杏は容姿端麗な上に明るい性格なことも相まって、教室には同学年はもちろん上級生の男子が連日、彼女目的で押し寄せるほどの人気だった。


 そんな杏を見た俺は心無しか寂しさを感じてはいたものの、俺から解放された杏が友人達と笑顔で学生生活を送れているのを見て満足だったが、をきっかけにまたこうして以前のように距離が近すぎる関係になっている。


「だって私が話しかけてもそっけなかったし、何か行事に誘っても豊来なくなったじゃん……」


「ほんとになんでもねぇよ……とにかく気にすんな」


 納得しない表情の杏に本当の事を話した所で、彼女の返答は大方予想がつく。


 それは「バカ」だ。


 もし、俺が彼女の時間を奪った事について相談してたら優しい彼女のことだ「気にしないで」と言うだろう。


 俺の行いを杏はきっと望まなかった。そんなことわかっているのだが、俺のせいで友人の誘いを断り続ける彼女を見ていられなかったのだ。


 俺が杏を避けたのは俺の妄想で勝手な行動であり、そのせいで彼女の心に傷をつけたこともあった。その真実を話してしまえば杏は怒るだろう。


「まぁいいや、それよりそろそろじゃない?」


 考え込んでいる間に最初の目的地は目の前だった。


 未だに俺を掴みながら歩く白花がそれを見たらどんな反応をするか、少し楽しみでもある。


「そうだな。そこ曲がれば見えてくるぜ」


 最後の角を曲がると、は俺達3人の瞳にピンク色の花を映らせた。


 そう、1つ目の目的地は春の代名詞であるだ。


 この通りは道に沿って、桜が植えられている。短い桜並木であるものの、木の下を歩けば空が見えなくなるほど咲き誇る花の美しさは見る度に息を呑む。


「わぁ!今年も綺麗!」


「そうだな」


 先程までネガティブな記憶を思い出していたことを忘れるほどの美しさだ。


 さて、この景色を1番に見せたかった白花はどうな反応をしているだろうか?


 白花の顔見ると、本人はほんの少し口を開けて桜からじっと見ていた。


「ふふ、白花ちゃんも桜に見惚れてるね」


 白花の驚いた反応が嬉しいのか、杏も満足そうに笑っている。


 確かに俺らだけはしゃいで、肝心の白花はノーリアクションだったら少し悲しい。


「ゆたか!」


 家を出て、初めて声を出した白花は桜を指差し、俺を呼んだ。きっと「これはなに?」と聞いているのだろうと解釈をした俺は桜を指差し答える。


「綺麗だろ?桜っていうんだ」


「さくら?」


「そう、桜」


 この美しい花の名称を理解できたのか、白花はそれまでずっと握っていた俺の上着の裾から手を離し、笑顔で1本の桜の木に抱きついてこう言った。


「さくら! おはよ!」


 白花の斜め上の行動に思わず吹き出す。


「ぶっ! はははは! 白花、桜におはようは言わなくて良いぞ?」


 笑ってしまった俺の反応に対し、白花は頭の上に「?」を浮かべていた。


「し、白花ちゃん可愛すぎるよ……そんなのノーガードで殴られているようなもんだよ……」


 白花の行動に杏の謎のツボに入ったのだろう……意味のわからないこと言っている。


「ほら、そろそろ進もうぜ」


 桜を抱きしめて動かない白花と、そんな白花から謎のダメージを受けた杏と再び3人で足を進めると短い桜のトンネルも終わり、次の目的地である恵花ガーデンが見えてきた。


「流石に休日だと人が多いね〜」


 杏の言う通り、観光客や近所の子供連れなどで賑わっている。


 ここの恵花ガーデンは恵花市の観光地として様々な人が訪れる。恵花産の食材を使ったレストランや恵花市の観光案内、中でも俺が好きなのは広い公園に様々な花が植えられたのフラワーゾーンだ。


 このフラワーゾーンは綺麗な景観と、整えられた設備の快適さが人気で連日多くの人が訪れている。


「……!」


「ん、どうした? 白花」


 目の前まで迫った、フラワーゾーンを楽しむ大勢の人々に驚いたのか、白花は再び俺の上着をぎゅっと掴んだ。少し歩きづらくなってしまったが問題は無い。


 そのまま2〜3分ほど歩き、俺達は恵花ガーデンに到着した。

 

「着いたー! 気持ち良い〜!」


 フラワーゾーンにつくなり、杏は体をめいいっぱい伸ばしている。


 そんな杏の横で俺は深く息を吸い、綺麗な空気が体内の濁った部分を浄化してくれているかのような気持ち良さを感じた後に息を吐く。


 一方で白花はやはり人が大勢いる場所に慣れてないのか、先程まで片手で握っていた俺の上着を今は両手で強く握り、俺の後ろに隠れてしまっていた。


「白花、何も怖がる事ないぞ?」


「そうだよ白花ちゃん。ほら、あそこにいっぱいお花が咲いてるよ!」


 杏が指差した先は美しい花達が綺麗咲いてる花壇があった。しかし、白花は俺の後ろから出ようとはしない。


「うーん、人が多いの苦手なのかな……」


「そうじゃねぇか? 3人だけで桜見てた時は楽しそうだったし」


 完全に大勢の人に怯えてしまっている白花が楽しめるように何か方法はないだろうか?


「あれー? 豊くんと……波里さんとこの娘さんじゃないですかー!」


 白花のことで考え込んでいると突如、背後から男性の声が聞こえる。


 振り向くと、そこには手入れされていないボサボサの茶髪に眼鏡をかけた男性がこちらに手を振っていた――。

 

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