第11話 新たな言葉を覚えてました

「白花……? 今なんて言った?」


 聞き間違いではない、先程白花はテレビを指差し、「見て、豊」と言った。


 俺が今朝、学校に行く時点で白花が話せる言葉は自分の名前である「白花」と「私」、そして「ゆたか」と「あんず」だけのはずだが、そこへ新たに「見て」という言葉を覚えている。


 ――自主的に覚えたのか? いや、でもどうやって? それともじいちゃんが教えたのか?


「どうだ? 驚いたろ?」


 驚いている俺の反応を可笑しそうに見ていたじいちゃんがそう言った。察するに白花が新たな言葉を覚えたのを知っていたのだろう。


「じいちゃんが教えたの?」


「いや、俺はなにもしてねぇんだ。気が付いたら勝手に新しい言葉を覚えていてよ」


 ここで予想外の言葉が返ってくる。てっきりじいちゃんが白花に教えたんだと思っていた。


「じゃあ……どうやって、覚えたんだ?」


 そう言いながら白花に目をやると、驚いている俺とじいちゃんのやり取りをじっと見ていたが、俺と目が合うと再び白花がテレビを指差す。


「見て! ゆたか!」


――もしかして、テレビにヒントでもあるのか?


 テレビをもう1度、今度は更に注意深く観察すると、そこには白花が1人で新しい言葉を覚えることを可能にさせる納得の理由があった。


「おそらく……これじゃないか?」


 そう言う俺の目線の先のテレビをじいちゃんも見る。


 「テレビか? こんなんで……あぁ! そういうことか!」


 どうやら、じいちゃんも白花が1人で新しい言葉を覚えることをできた理由がわかったようだ。


「そう、この番組だろうな」


 白花が指差したテレビにはある番組が放送されている。その番組名は「宇宙人でも3日で話せる日本語教室」という、なんともユニークなタイトルの番組だ。


 知能が高く、人並み以上に飲み込みが早い白花のことだ。番組を見ている内に新たな言葉を覚えていても不思議ではない。


「何度も言うが……白花ちゃんは賢いな……」


「家を出る頃には、日本語ぺらぺらになってたりして」

 

 白花の知能の高さに改めて驚いていると、ドアのチャイムが鳴った。


「おっ、杏かな?」


 杏が白花のお世話の為に来てくれたのだろう。


 インターホンのカメラを覗くと、俺の想像通り杏が映っていた。


「おう、今開ける」


「はーい!」


 マイク越しの短い会話をした後、杏を迎える為玄関に向かおうとすると……。


! ゆたか!」


 すると、そんな俺の様子を見ていた白花が急遽大きな声をあげ、急いで俺の元へ来ては俺をこれ以上先に行かせないと言わんばかりに抱きつき、動きを制限してきた。


「ぐわっ!」


「だめ!」


 ――先程の「見て」の他に「駄目」も覚えていたのか!


 「見て」の他にも新しい言葉を覚えていたことにも驚いたが、今は何より白花の行動の意味を考えてしまう。しかし、彼女が何故「駄目」と言いながら俺の体を拘束してまで引き止めるのかは、すぐ見当がついた。


 白花はきっと、玄関へ向かう俺がまた何処かへ行ってしまうと勘違いしまい、「行っちゃダメ」という意味で体を抑えているのだろう。


「杏を迎えに行くだけだ! どこにも行かないから!」


「だめ!」


 白花の考えはなんとなく予想がついたが、肝心の俺の意思が彼女には伝わらず、強引に進もうとしても、俺の進行方向とは逆の向きに体重をかけた白花の力は強く、思うように進めない。


「まぁ、杏ちゃんは俺が迎えに行ってくるから豊はそこで待ってろ」


 見かねたじいちゃんが俺に代わって杏を迎えに玄関へと向かってくれた。


 白花に拘束されたまま少し待つと玄関の方から「お邪魔します」と杏の声が聞こえた途端、俺に抱きついてた白花が聞き覚えのある声に反応したのか、かなりの強い力で抱きついていた俺から離れて、1人玄関へ向かう。


 白花の後ろをついて行くように俺も玄関へ向かうと、私服に着替えた杏がいた。


「あんず!」


「こんにちは! 白花ちゃん!」


 俺を引き止めていた時はむくれた顔をしてたのに杏が来たことが嬉しいのか、白花は笑顔で杏を指差す。


「豊も、お待たせ」

 

「おう、傘ありがとな」


「ううん、干してくれてありがとうね」


 杏と共にリビングへ向かい、白花がテレビ番組を見て新たな言葉を喋れるようになったことを説明した。


「すごいね、白花ちゃん……」


 杏は白花の知能の高さに驚きを隠せない様子だが、それもそうだろう。もし、俺が何処かもわからない国に行ったとして、白花のようにその地域の言葉を現地住民の会話を短時間で見聞きしただけで習得できる自信はない。


「あっ、そういえば! 今日はこれ持ってきたんだよ!」


 話の流れをぶった斬り、杏は持参した鞄から何かを取り出そうする。


「じゃじゃーん!」


「これは……シャンプー?」


 杏が鞄から取り出したのはシャンプーとその他もろもろの入浴アイテムだった。


「そう! だって……」


 ――俺の家で風呂でも入ってくのか? でも、どうして俺の家で?


 杏が言葉を言い終える前に俺の頭の中はそう考えていた。


「白花ちゃん、お風呂入ってないでしょ?」


「あっ」


 すっかり忘れていたが、白花も1人の人間。家で保護するとなれば食事だけでは無く、衛生面もしっかりこちらで面倒を見なければならない。しかし、それは白花の衣服の他に入浴なども含まれる。


「まさか……忘れてたの?」

 

「……すまん。そこまで考えてなかった」


 ジトっとした目線を俺に向け、杏は「はぁ」と溜め息を吐く。


「お、俺はちゃんと考えてたぞ!」


 自分に罪は無いと言わんばかりにじいちゃんが自らを保全する言葉を口にする。


「へぇ〜それじゃあ、お風呂掃除はもちろん済んでるよね?」


「今、行ってきます」


 表面上は笑顔だが言葉は笑っていない杏に、怯えたじいちゃんは急いで風呂掃除に向った。


 見ての通り、俺とじいちゃんは杏には頭が上がらない。男2人の生活になってから安定しない俺達を杏や彼女の家族が支えてくれたという大恩がある。


 他にも様々な理由があるが、とにかく、この家の最高権力者は隣の家に住む波里杏なのだ。


 風呂の用意ができるまで、俺は昨夜白花に食べられてストックが無くなったべっこう飴を作るため、キッチンに向う。べっこう飴を作っている間、白花と杏はテレビを見ている。番組は勿論「宇宙人でも3日で話せる日本語教室」であり、白花は興味深く見ているが、杏は何故か苦笑いを浮かべていた。


 ――どんな番組なんだ……。

 

 若干興味を惹かれるが、少しでも目を離してしまうとべっこう飴が焦げてしまう。


 そんなことを考えている間、火にかけているべっこう飴が最高の色合いになったので後は型に流して冷蔵庫で冷やせば完成だ。


 俺がべっこう飴を作る作業を終えたと同時に風呂の用意が出来たようで、杏は白花を連れて風呂へと向かった。

 

 人がいなくなり、静かになったリビングのソファに座って「ふー」と深い息を吐きながら体内で酸素を循環させる。


 そのまま特に考えこともせず、ぼーっとしていると別室からじいちゃんが植木鉢に植えられた1輪の花を持ってきた。


「よし、この辺が日当たりが良いな」


 じいちゃんがリビングの窓際に置いた花は見覚えがあるものだ。


「じいちゃん……その花……」


「あぁ、白花ちゃんが持ってた花だ。大切そうに持ってたが、あのままだと萎れてしまうだろ? だから、こうして鉢に植えて日当たりの良い場所においてやろうと思ってな」


 そういってじいちゃんは白花が持っていた花をリビングでも日当たりの良い窓際に置くと、リビングから別室へ行った。


 再び1人になったリビングで俺は白花の花を見つめる。


 ――そもそも、この花の名はなんだろう? 昨夜のような、光は発していないし……。

 

 花を見ていると、睡魔が俺を襲う。


 徐々に増す、瞼の重さに耐えきれなくなり視界が暗くなっていく。


 意識は体を離れ、瞼の裏で夢を見る。


 草木の生えていない、見渡す限り灰色の大地の世界。


 しかし、その中にポツンと1か所だけ地面が赤くなっている場所を見つけた。


 まるで、そこにだけ色が存在しているのかと錯覚してしまう。


 近づこうとするが肝心の足が動かない。


 すると突然、俺が移動しているわけではないのに、赤い場所がまるで双眼鏡をズームするように鮮明に近づいてくる。


 距離で言うと約1メートル程か、目の前の光景に衝撃を受けた。


 俺が見ていた灰色の地面についた赤は人の血だ。地面に倒れている1人の人間から一目で致死量とわかるほどの大量の血だったのだ。


 声えを上げようにも声が出ない。いや、正確に言うと口が動かない。目の前の光景をただ黙って見つめているだけ。


 地面に倒れている人間は体格的に男性だろうか?


 もう少し近づきたいが、足は未だに動かない。


 見つめることしかできないでいると、この男性の元に1人の人物が駆け寄ってきた。


 その者は倒れている男性の知人だろうか?大量に溢れ出る血を気にもせず男性を抱きしめ、音は聞こえないが流す大粒の涙とくしゃくしゃになった顔で泣いているのがわかる。


 これだけでもかなりショッキングな光景だが、更に俺を驚かすものがあった。


 男性を抱きかかえ、涙を流す人物には見覚えがある。


 1度見れば忘れられない、腰まで伸びた月白色の髪……。


 そう、白花だった――。

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