第10話 予報外れの雨の中、帰宅しました

 その日の授業を終えても、窓の外は今朝から変わらず予報外れの雨が降っていた。

 近年稀に見る降水量は公共交通機関にまで影響を及ぼしているらしい。


「豊、お待たせ! 帰ろ!」


「すまねぇ! 助かる!」


 杏と共に教室を出て、玄関へ向かい靴を履き替えた後、外へ出る前に杏が持っていた折り畳み傘を広げた。


「じゃあ、行こっか!」


「傘、俺が持つよ」


 当たり前のことだ。俺は男で杏よりも背が高い。彼女に傘を持たせる訳にはいかない。


「じゃあ……お願いします」


 そんな俺の気持ちを察したのか、杏は素直に傘を渡してくれた。

 杏から傘を受け取り、2人並んで傘の下に入りながら校舎を出る。

 あまり遠くない学校から家までの道を歩きながら、今日の授業や数ヶ月後の文化祭の話などをしている内に隣同士に並んだ俺達の家の前に着いた。


「私、1度家に帰って支度してから豊の家に行くね。傘はそのまま豊が持ってて!」


「お、おい!」


 俺が全て言い終わる前に杏は走りだし、自らの家に入ってしまった。


 杏の家の方が手前側だったとはいえ、例え家の目の前で雨に濡れるのは一瞬だとしても、この傘は杏の所持品だ。なのに、持ち主の彼女が雨に濡れる思いをして、一方傘の下に入れてもらってる立場の俺が最後まで濡れずに帰るのは非常に情けない話である。


 しかし杏は既に彼女の家に帰ってしまい、このまま突っ立っいては、それこそ彼女が雨に濡れたことも無駄になると思い、俺もすぐ隣の自宅へ帰ることにした。


 自宅の玄関のドアを開ける前に玄関フードで杏から借りている傘を畳んでは広げ、また畳んでは広げてを繰り返すことで水滴を飛ばした後、ドアを開けて家に入る。


「ただいまー」


 そう言いながら、杏が取りに来るまでの短い時間で可能な限り干せるようにと、傘を折りたたまず広げたまま玄関に置く。

 そして靴を脱ごうとした時、ドタドタと言う音がこちらに近づいてきていることに気がついた。


 音の間隔から推測するに、かなり急ぎ足でこちらに向かっていることが想像できる。


 恐らく、この足音の主はじいちゃんではない……。だとしたら考えられる人物は1人。


「ゆたかぁぁぁ!」


 そう、白花だ。


 叫び声のような言葉を出しながら、すごい勢いで俺の元へ向かってくる。


「白花、ただい……ぐわっ!」


 白花は勢いを緩めず、そのまま突進するように俺の背中に手を回して抱きついてきた。

 

 そういえば朝は白花にバレないように黙って家を出たんだったな。


「わ、悪かったよ白花。動きづらいから離してくれ」


 そう言って、白花を体から引き離そうとするがびくともしない。


「ゆたかぁ……」


「悪かったって!」


 全く離れる気配のない、白花を見つめるとあることに気づく。彼女の目のあたりが赤く腫れ上がっているのだ。


「白花……お前、目が……」


 突然のことに驚いていると、リビングからじいちゃんが姿を現した。


「おー、おかえり豊」


「ただいま。じいちゃん、白花の目……」


「それなぁ、大変だったんだぞ。お前達が家を出た後、豊が家にいないことに気づいた白花ちゃんがそれはもう子供みたいに大泣きしてな……」


「それで、こんなに目の周りが腫れてるか……」


「そういうことだ。なんとか気を紛らわせようとして試行錯誤の末テレビをつけたら、おとなしくはなったがそれでも涙はポロポロで流れてな……」


 俺が学校に行ってる間の白花の様子を聞き、白花にはなんだか申し訳ない気持ちになりつつ、同時にある疑問が頭に浮かぶ。


 白花は何故、俺にここまで執着するのだろう……?


 確かに白花を最初に見つけたのは俺だ。しかし、約半日程度いなくなっただけで大泣きされるほど懐かれるようなことをした覚えはない。


 まぁ、その理由を当の本人に聞いても無駄なので、今この疑問についてはこれ以上は考えないことにしよう。


「さて白花、そろそろ離してくれ」


 いまだに抱き着いたままの白花を再び体から引き離そうとしてみようと試みる。すると、白花も先程と比べ少し落ち着いたのか、俺の背中でがっちりと組んでいた手を緩め、密着した体を離してくれた。


 ようやく体が自由になり、靴を脱いだ後玄関より先に進もうとすると……。


「ゆたか!」

 

「うわっ! 今度はなんだ!?」


 急に白花に腕を引っ張られ、どこかへ連れられる。


 もちろん、目的地は外ではなく家の中だ。なので、白花が向かおうとしている方向から大方予想がつく。おそらく、白花が俺を連れて行きたい場所はリビングであり、先程白花が飛び出してきたのもリビングからだった。


 白花に連れられるまま、リビングに着いたが目に映るのはいつもと変わらない片付いた綺麗な室内で、白花が来た昨夜と比べても特に何処か変わっているところはない。


 唯一、昨夜と違う点といったらテレビの電源がついていることだろうか?


「見て! ゆたか!」


 白花がテレビに指を差し、俺に「テレビを見て」と要求する。反射的にテレビを注視するが、放送されているのは見たことのない番組だ。


 ――ん……? 待てよ? ……?

 

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