第9話 少しだけ、いつもの日常に戻りました

 白花にバレないように家を出ることに成功した俺と杏は見慣れた通学路を共に歩いていた。


「いや〜家を出るのも一苦労だね!」


「そうだな。まぁ、白花の身元がわかるまでの辛抱だ」


「身元ねぇ〜」


「一体、どこの国から来たんだろうな?」


 学校へ足を進めながら白花について杏と話していると、とても不思議なことが起きた。


 空は快晴、雲ひとつない吸い込まれるような美しい青空。


 隣には物心つく前から一緒の幼馴染。


 学校は目前、同じ制服を着た他の生徒達も増えてきた。


 通い慣れた通学路を進み、校門の目の前にある横断歩道を渡ろうとした時――。


「バァン!」


 全身が振動する程の凄まじい音が鳴り響いた。


 同時に俺達を含めた道を歩いていた者は音に驚き、足を止め、ある者は悲鳴をあげ、またある者は音に対して困惑の声を出す。


「な、なに!? 何の音!?」


 俺の隣にいる杏はうずくまり、音の正体を探っていた。しかし周囲を見ても瞳に映るのは先程とかわらないの風景だが、俺はその音の正体がわかっていた。


 俺の見たものが間違ってなければ今発生するとは考えにくいもの。


「雷だ……」


「雷!? こんなに晴れているのに?」


「さっきの音がする直前に空に稲光が見えたんだ」


 たまたま空を見ていたおかげで見ることができたが、あれは確かに雷だった。


 ――音からして相当近くに落ちたようだが、杏も言った通りこんな雲1つない空から雷が落ちるなんて、珍しいこともあるんだな……。


「ほら、大丈夫か?」


「う、うん」


 蹲っている杏の立ち上がる補助するため、手を差し伸ばすと……。


「バァン!」


 再び、先程と同じ雷の轟音が鳴る。


「もー! なんなの!?」


 杏が耳を塞ぎながら、悲鳴混じりの声を上げ、立ち上がる途中の中腰の姿勢から、再度蹲ってしまう。――そういえばこいつ、雷苦手だったな。

 

 小さい頃から雷が苦手で、小学校の頃にひどい雷雨があった時はその場で泣き出してしまって動けなくなり、雷が収まるまで数時間の間、泣いている杏の手を握っていたことを思い出す。


 今もあの時と同じように、耳を塞ぎながら目を閉じることで可能な限りの情報を遮断しようとする杏。しかし、そんな状態でも左耳を塞いでいた手を放し、隣にいる俺のズボンをギュッと握った。


「豊……おいてかないで」


 俺のズボンを握る杏の力は強く、少し震えているのが生地越しでも伝わる。


「大丈夫だ。ほら雷はもう止んだぞ」


「ほんと? うぅ……雷だけはどうしてもだめだぁ~」


 ようやく立ち上がった杏と共に校舎へたどり着き、彼女と一緒のクラスでもある2年1組の教室へと入る。


「おっ今日は2人で一緒に登校ですか! お熱いね~!」


 俺達が一緒に教室に入ると、1人の男性生徒が冷やかすように話しかけてきた。


「うるせーよ。毎回言ってるが俺と杏はそんなんじゃねぇ。ただの幼馴染だ」


「いくら幼馴染だとしても年頃の男女が一緒に登校してて、を主張するラブコメ展開なんて、漫画の中の話だけなんです~」


 俺の返答に男子生徒は更に茶化してくる。確かに俺と杏は思春期の男女にしてはちょっと距離が近く感じるかもしれない。そのせいか小学校時代からカップルと茶化され続けても杏は特に気にしておらず、気がついたら基本そのような茶化しはスルーするようになっていた。


 杏がそんな様子の為、男の俺が照れるのも、なんだか情けない気がするため平気な態度を見せている。


「おはよ! 江夏君!」


 俺達のやり取りをまるで無かったかのように杏は男子生徒に挨拶をした。


「おはよ! 杏ちゃん!」

 

 この明るい雰囲気で、茶髪で顔立ちの整った男子生徒の名前は江夏えなつあずま。自分で言うのも恥ずかしいが俺の親友だ。


「それよりもさっきの雷見たか?」


「あぁ。だけど、珍しいよな。こんなに晴れているのに雷なんて」


「もう最悪だよ~」


「あ~杏ちゃん完璧超人だけど、雷だけはダメだったもんな」

 

「完璧超人なんて、江夏君も口が上手いねぇ~」


 他愛のない話をしている最中、あの雷を思い出し教室の窓から空を見る――。


 すると先程までの快晴が嘘だったかのように、空が暗い雲で隠されていた。


「今日の天気予報って、雨予報だったけ?」


「え? 今日は1日中晴れだったと思うけど……あれ!?」


 俺の疑問に杏が答えながら空を見て驚き、そんな俺達を見ていた東も窓の外を見る。


「これ見るからに振りそうだな……」


 そんなことを東が言った瞬間、窓にポツポツと水滴がつき始めた。


「振ってきちゃったね……」


「こりゃ今日の体育は室内に変更だな」


 どんどん強い降りになる雨を見ながら杏と東は理由は違えど、少しがっかりしているようだ。


 そして、俺はこの雨を見て重要なことに気づく。


「やべ、俺傘持ってきてねぇや」


「大丈夫だよ豊。私、折り畳み傘いつも持ってるから、一緒に帰ろ?」


「まじか! 助かる!」


 杏のおかげで帰りの心配が無くなったところで、学校の予鈴が鳴る。午前授業を受け、昼食を食べた後は午後の授業を受ける、いつもと変わらない学校生活の1日が始まった。

 

 結局学校が終わるまで雨は止まないまま。


 一見、天気予報が外れただけの雨。


 しかし俺はこの雨を見ると、ほんの少しだけだが、言葉には言い表せない、どこかおかしい気持ちにさせる雨だった――。

 

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