第5話 鋭利なナイフ、言葉のナイフ

 翌日のことだ。

 俺の部屋にパソコンとテレビが支給された。

 実際、俺はスマホを取り上げられることもなく凄く不便だったかといえばそうではないが……まあ、実際こうやってパソコンが来ると少し安心する。


 「そうそう、今日から全ての規制を解除することにしたわ」

 俺の物になるであろうパソコンの内部クリーニング作業をしながら、俺の部屋にいつもいる環さんが呟いた。

 「……はあ。まあ、昨日俺が軽く啖呵切っちゃいましたしね。悪手だったかもしれないとは思ってます」

 「はは、別にいいんだよ。確かに私が過保護すぎたんだし」

 「……そういえば、環さんって昔AVに出てますよね」

 突拍子のない発言をした俺に––環さんはビクッと全身を震わせたが目線はそのままパソコンに向いていた。

 「はあ、そうよ。君凄いね~……確か3作品も出てないと思うんだけど」

 「……ね、お気に入りってのは怖いでしょ?人生詰んだ男ってのは右手が友達になって…最後は恋人になるわけです。恋人のシワってのは何気に覚えてるもんですよ。それが、刺激的な映像と一緒なら尚更ね」

 「はは、なんだそれ。……まあ、確かに私にとっては色々な意味でターニングポイントだったと思うわ」

 「詳しくは聞くつもりはないですけど……まあ、ネットでの話とかが本当なら大変ですからね」

 「楽しいのは楽しいのよ?実際、中に出されることもないし」

 「え!?」

 「え?」

 ……夢を壊すなよ。

 まあ、環さんの事は何となくだけど察していた。

 画面の向こうの環さんと今の環さんの印象は全く違うけど……それが、ある意味大人になった証拠なんだとも思う。

 

 「……よしっ、これでヤバいデータはない!」

 「お、お疲れさま」

 「なに?私の全裸写真とか残しておくべきだった!?」

 「いや、お前はもっと恥じらえよ」

 アイドルの笑顔といってもいいくらい素敵な笑顔で俺を見てくる。

 実際は見たいよ!?見たいけど……そんな話しをしている場合じゃない。

 

 「話を戻すけど……本当に良いんですか?規制とか」

 「ああ、まあ……昨日君に言われたことってある意味筋が通ってるから」

 「……」

 「本当、“ある意味”ね?私にはあの子達を守ろうと決めた。だから、自分の持っている財産やスキル……全てをあの子達に教えたわけ。それに、あの子達の持っているバックボーンっていうのは……私よりも深淵で、もがけばもがく程息ができなくなる」

 「……そうですね」

 俺には相槌しかうてなかった。そりゃ、そうだろ?

 権力を持った人の“不必要な子”ってのは––俺がネット掲示板で殺害予告をする~……っていうものよりも世間からすれば抹殺してほしい恥、汚点になってしまうのだから。

 それに、仮に本妻での子がいれば……あまり考えたくない結果だって現実味を帯びてくる。

 

 「だから、ひっそりと暮らしていけるように一般常識を教えてあげた。私は一応勉強はできるし。まあ、床の事だったりも必要にもなるかもしれないし……ちょびっとだけね?先っちょだけ!」

 環さんはパソコンの電源を消しながら、おどけてみせた。

 「……おい、下ネタすぎんぞ」

 「あまり暗い話はしたくないんだよねぇ~……ほら、私には似合わないし!」

 「それはそうですけど」

 なんとなくだけど、この人がAV業界でも重宝されてたんだろうなと感じた。

 「まあ、お金は親からタンマリともらってるし良い暮らしできるし!皆笑顔でいれるのが一番!!!」

 そういって、俺の部屋の冷蔵庫から黒ビールを取り出した。

 

 「まあ、これで彼女達がどんな風になるか……ですかね」

 

 僕の言葉を––黒ビールを“あまり好みじゃない”って顔をした環さんは少しだけ真面目な顔で答える。

 「……まあ、当然?私から規制解除した~とかは言うつもりはない。でも、きっとあの子達は君の言葉で色々と調べていくと思う……もしかしたら、その前から動いている子もいたかもしれないけど」

 「……まあ、いるかもしれないですね」

 サイバーセキュリティなんて簡単に突破しようと思えばできる……と思う。

 ましてや、SNSのセキュリティがばがばだし。

 「あり?私はピッチリマ––」

 「マジで下ネタすぎんぞ」

 近くにあった洗濯済のタオルを環さんに投げた。

 それを、環さんは胸でキャッチし「もう~」と言っていた。コイツなんだよ。


 「冗談はさておき……これで、あの子達の門は開かれた」

 「きっと、自分の過去も知ってしまうでしょう」

 「そうなった時……選択肢はどのくらいあるんだろう」

 環さんは少しだけ大人びた表情を見せる。

 俺はそんな環さんの顔に少しドキッとしながら言葉のキャッチボールを続ける。

 「実際問題、過去の話ってのは外的要因がない限り跳ねのける要素は少なからずある。でも、俺みたいに何もかもを毒された人間……ネットでイキって、生きることしかできない人間に自分が同じだと思った時点で負けでしょうね」

 「……君って……本当、何で死にたいの?生きてりゃこんな良い女と出会えるってのに」

 「褒めてます?」

 「……一応?」

 環さんがふくれっ面しているがさっきとのギャップとなって、少し笑いそうになる。

 「ほら、俺の話なんて少しいいんですよ。先生として環さんはシャキッとしてください」

 「シャキーン」

 もう酔ってる。ダメだコイツ。

 俺はキッチンから水を持って来て、フラフラになっている環さんに無理やり水をのませた。

 ……酒弱いんだからさ、マジで飲み方考えろっての。



 まあ、俺の話なんて本当どうでもいい。

 環さんやあの子達……それよりも“数値化”すればきっとたいしたことのないものなんだ。

 でも……それでも、死にたいと感じる時が何度もある。

 ……今?今はそんな事すら考える時間なんてないよ。目の前で寝息を立てている人のせいで。

 


 数時間後、夕方近くになって授業が開始された。

 生徒1人の姿が消えたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自殺希望者の希望学校 いぬ丸 @inumaru23

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ