第4話 憧れは光と影を生む
一般教養は正直言って……この俺よりもある。
俺にも理解できない数式や漢字、英語すらペラペラと喋ることができるんだし。
「……あの、環さん?」
「どうしたの?」
「俺、いります?」
「いるに決まってるじゃない!」
この数時間、俺は環さんの隣に座り授業を聞いていたのだが……正直お荷物すぎるし、無知な自分が本当に恥ずかしくなっていく。
でも、環さんの本気な顔が……俺の全てを萎縮させていく。
そこから、数時間は経ったのだろう。
俺には全く分からない呪文のような言葉が並び––そして、授業は終わった。
「さ、今日はゆっくりしましょうか。新しい先生も来たことだし!」
環さんはそう自身の手帳を開きながら、生徒たちにそう宣言した。
環さんがその宣言をすると、生徒3人は小さく「おお」と勉強が終わった歓喜なのか……それとも、俺に興味があるのか声を上げた。
「じゃあ、私は酒とジュース持ってくるから……酒のつまみは何が良い?あ、君達はスナック菓子ね」
「「「ええ~」」」
「……」
「じゃあ、お話しといてねぇ」
そう言って、環さんは教室から出て行った。……といっても、そこまで時間かからないんだろうけど。
「ねね!先生って今までなにしてたの!?」
昨日、俺にゴムを渡してきた女の子が俺の顔を真っすぐに見つめて聞いてきた。
他の子はそんな女の子に同調しながらも様子見している感じだった。
「えっと……毎日酒飲んで、パソコンで色々と作業をしてー……好きなアニメとかも見てたかな?」
「「「いいなぁ!!!」」」
……予想外の反応だった。
普通は『え?ニートじゃん』とかそういった蔑んだ反応だと思ったんだけど……。
「いい……のか?でも、そんな日常が凄く楽しかったとは思うよ」
そんな、少し照れ笑い……いや、苦笑いを浮かべている俺を生徒たちは尊敬の眼差しで見ている。
あ、そっか……この子達は現実を知らないのか。
「お待たせ~!美味しいもの持ってきたよ~!」
俺が次の言葉を紡ぐことができない状態でいると、環さんが一升瓶と大量のおつまみ、少量のスナック菓子を持ってきた。
「また飲みたいだけでしょ!」
ゴム少女がそう言うと、他の子は頷いている。
……あ、毎回こんな感じなのか。
そうなると……本当はこの子達って天才なんだろうか。
「まっまっ!そんなことは気にせずに!乾杯しよ~!」
環さんの苦し紛れの言葉で……宴会という名の授業が始めった。
「皆はどんな自分になりたいとかあるの?」
完敗した後一気飲みし、お酒が入ってきた環さんは少量しか飲まない俺を見ながら––生徒三人に言葉を投げかける。
すると、ジュースを飲んでいた生徒たちは『待ってました』と言わんばかりに俺に会話をしかけてくる。
「私!将来は政治家になりたいの!この国を世界一にしたいの!」
「僕は医者になりたい。環さんみたいに誰かの力になりたいんだ」
「私は!人気者になりたい!!!!」
ほぼ同時に言ってきて……いや、俺聖徳太子じゃないから……でも、なんとなく理解はできた。
「な、なるほどね~。じゃあ、もうすぐ進路とか考えないとなんだ」
環さんがウオッカを俺に差し出してきたので、それをやんわりと断りながら答えた。
すると、生徒たちは段々と身を乗り出しながら追い打ちしていく。
「だから、私達!もうすぐココを出て行くの!」
「……」
俺は何も答えられなかった––そして、環さんも。
きっと、昨日環さんから予備知識を入れてもらわなかったら言ってただろう
「君達には無理だ」
と。
そんな沈黙の中、酔いが少しづつ俺の中でもまわりはじめ––そして、更に色々な情報が俺の中で更新されていく。
スマホやパソコンは環さんが支給している事、何かブロックされている情報が複数あること、普通の生活はできるけど外に出るには環さんが同行してマスクを着けないといけない事……。
俺の中で––その情報が段々と理解を深めていく。
「そっか……」
ちびちびと飲んでいた酒を飲み干し、呟いた。
「なんとなくだけど、俺が呼ばれた理由が段々わかってきたよ。環さんって過保護すぎじゃない?」
「……」
環さんは何も答えようとはしなかった。
そして、生徒たちは俺を見て不思議そうな顔をする。
「はあ……まあ、良いんですけど。君達は“生きていく事”が当たり前だと思っているでしょ」
俺は酔いもあってか、饒舌に話を始める。
それを、彼女達は真剣に聞くようにコッチを見つめる。
「ほぼ初対面の人に言う事じゃないとは思っている。でも、俺は俺の考えをココでいうつもりだ……そうじゃないと、俺みたいになってしまうと思うから」
そう前置きをし––近くにあったほろ酔い缶を開け、飲み干して続ける。
「……君達の夢は凄く素敵だと思う。夢を持たない子なんてこの国だけでも何万人といて、惰性で過ごす子供なんていっぱいいるんだよ。だから、本当に素敵で眩しいよ……でも、君達の夢って“成功する”事が確証されていない、失敗した時の事なんて何にも考えていない。俺みたいな歳になった時“負けた”という感情が侵食していくんだよ。ほら、俺を見てみなよ?君達にとっては綺麗な人間だと思うかもしれないけども実際はかなり廃れているんだよ」
「そうなの?」
ゴム少女は小さく返答する。
「うん。君達のネット環境がどんな状態かは1日も経っていないからわかんないよ。でも、感情が君達みたいに豊富じゃないの……ネットに全てを壊された。きっと君達ならもっと傷つくと思う」
「……」
そこから俺は何もしゃべるつもりはなかった。
それを察してか、環さんは声を荒げる。
「この話は終わり!!!!!!!!!!!!!」
そこから、俺達は葬式のような集会を強制的に終了させた。
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