第3話 大浴場……欲情?
「おー……広い」
俺はお風呂場に来ていた。勿論、ムスコはタオルで隠して。
「やっときた~……のぼせちゃうんだけど」
「え?まだいたんですか?」
俺がもういないと思っていた女性––環さんがまだ湯舟に浸かっていた。
「いたに決まってるでしょ?」
「……え?環さん欲情してるんですか?」
「ち、ちが!!」
「まあ、とりあえず待っててもらったんですよね。すいません。体洗うんで向こう向いててください」
「わ、わかったわ」
焦っている環さん、そして、何故か賢者モードになっている俺という図は傍目から見れば面白いだろうな。
「お待たせしました~……本当、ココのお風呂広いですね。銭湯くらい広い?」
「そうなの。やっぱ和の心はここにありってことよ」
「……なんか、環さんが言うと変態に聞こえるんですけど」
「ちょ、ちょっと?!」
「……で、待っててくれたってことは何かあるんですか?」
取り乱し、上半身が湯舟から出て見えそうになる彼女を必死になって目を背けた。
彼女は小さく「まあ、今更じゃない」といって少し悪戯に、残念そうにつぶやきつつ––小さな声で会話を始めた。
「……ここならあの子達も入ってこないと思うから。先に予備知識として知っててほしいの」
「予備知識?」
「うん。ここの学校は希望しか持っていない子しかいないの」
「は?」
「え~っと……なんて言えばいいのかしら……“将来の夢”ってのは誰にでも持って、描いて、達成することは自由じゃない?」
「そうですね」
……まあ、俺はそれすらないんだが。
「でも、誰にでも持っていいはずなのに“持ってはいけない子”というのは生まれてくる……残酷な世界だと私は思っているわ」
「……どういうことですか?」
「……凄く簡潔に言うわ。ここにいる子は大富豪や権力者が不倫や浮気でつくってしまった子……すなわち、その人達からすれば不要で邪魔にしかならない子なの」
「……」
言葉が出なかった。
でも、確かに聞く話でもあった。
「今はある程度の知識は勉強させているけど……肝心な外部との連絡やニュースとかは全て遮断しているの」
「でも、それっていつまでもできることじゃないですよね」
「わかってる。だから、アナタを呼んだの」
「俺?」
「そう、自殺志願者ってのは“色々な世界を知ってしまった人”だと私は思っているの。キラキラした世界だけではなく、その深淵の中にある世界を覗き込んだ……証言者なんだって」
「そんなきれいなものじゃないですよ」
「そうかしら?でも、こうやって生きていく事だって“一つの勇気”じゃない?アナタがどう思っているかまでは知らない……でも、こうやって何かにしがみつこうとしたことって誰にでも経験できることじゃない」
「……いい言葉選びですよね」
「はは、そう思うならそれでもいいわ。でも、こうやって来てくれたことに感謝する……ありがとう」
「いえいえ」
「そして、アナタにはしてもらいたいことがあるの」
「俺にですか?」
「きっと、このまま現実を教えてしまえば皆死んでしまう。でも、アナタが色々な事……なんでもいいわ。現実を教えてあげれば考えることができる」
「……でも、それだと変わらないんじゃ……」
「そこから決定するのは皆。私とアナタが決めることじゃない」
「……そんなもんですかね」
「そんなものなのよ」
そう言って、環さんは段々と俺の耳に近づいてきた唇を離した––なんか、甘噛みされた気がしたけど。
「ま、そんな感じでよろしくね!」
環さんはそう言うと勢いよく立ち上がり––また俺の目の前に生まれたままの姿を見せてきた。
……今度は俺も目を背けずに、凝視することにした。
すると、環さんは「ふふん」と鼻で笑い。
「欲情しちゃった?……まだ酔った時にでも……ねっ」
「え?」
俺の問いには答えず、先に風呂から出て行った。
次の日、俺は“教室”と書いた––見るからに広いリビングみたいなところで教え子と対面した。
「さ、今日からよろしくお願いします」
そこからの言葉は、何となくだけど当たり障りのない言葉だったと思う。
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