せんせーに相談だ2

うたた寝

第1話


 一人オセロというものをやったことがあるだろうか? 可哀想、と同情するならオセロ相手になってくれ。いや、そうではなく、別に寂しい遊びをしているという自虐がしたいわけではない。これはこれで楽しいのである。

 自分の手を客観的に見えるとでも言おうか、相手の立場になって自分の一手を見つめることで新しい発見に繋がることもある。プロでも採用している(諸説あり)練習方法だ。それにどっちが勝っても勝つのは自分だから気持ちのいいこと。どっちが負けても自分じゃん、という意見は聞き付けない。どうして物事をそうやってマイナス面から見ようとするのか。深く反省してほしいところだ。

 うーん、やるなー、と自分の一手を自画自賛しながら盤面を眺める。盤面上で繰り広げられる高度な頭脳戦。この頭脳戦に付いてこれる者もそういまい。好敵手に恵まれない者はやはり自分を好敵手とするしかないのである。

 キラーンッ! と逆転の一手を閃いた彼女がオセロの盤面に向かって石を打とうとしたところ、

「ああっ! イライラするザマァスっ!!」

 バンッ! と力任せに開けられたドアの開閉音によって邪魔された。

 開閉音にビクッ! となって床に落とした石を拾いながら、

「何ザマス? うるさいザマス。帰れザマス」

「先生っ! 聞いてくださいザマスっ!」

「人に話を聞いてほしいと言うのであれば、まずこっちの話を聞いてほしいザマス」

「実はザマスね」

「聞けザマス」

「ザマスザマスうるさいザマァスっ!!」

「貴方が言うザマスぅっ!?」

 向こうに合わせて話してやったのに何て態度だ。ありえない。大体、ザマスザマスとキャラに合わない発言をしたことはまだしも、人の平穏を切り裂いてきた騒音にうるさいなどと文句を言われる筋合いは無い。

 よし、追い返そう。そんな失礼な奴の相談に乗ってやることもない。

「で? 何よ? ああ、またお嬢様風のモドキ発言して嫌われてグループワークハブられたんだろ? 自業自得だそんなの。自己責任。自分の日々の生活を省みるか、ずっとボッチか選ぶがいい。さあ帰れ」

「………………うぅっ」

「え?」

「うぅっ、う……っ、うぇぇぇんっ!!」

「えええええっ!? ガチ泣きぃっ!?」

 泣かせるつもりは無かったので彼女も大慌てである。どうやら図星を突いてしまったようである。

「わ、悪かった! 悪かったって! 相談乗ってやるから! なっ?」

「………………ホント?」

「ホント! ホント!」

 涙を拭くようにタオルを渡してやり、鼻水をティッシュでかんでやり、おまけにコーヒーまで入れてやり、ようやく泣き止んで落ち着いたようなので本題へ。

「まずはその『ザマス』を捨てるところから始めるべきだと」

「お待ちなさい。私の相談というのはそちらではないのです」

「そうか。ずっとボッチと心に決めたんだな」

「…………後日改めて相談に参りますわ」

「謹んでお断り致しますわ」

「何でですのっ! 私に相談されるなんて、そんな栄誉なことありませんのに」

「友達居ないからってここに来られてもめいわ……、分かった。分かったから泣く構えを見せるな」

 コイツ、さては泣けば相談聞いてもらえると変な悪知恵働かせていないだろうな? 相談を受けるのも面倒だが、泣かれるのもそれはそれで面倒なのである。後日の相談とやらは後日どう追い払うか考えるとして、

「で? じゃあ今日の相談とやらは?」

「あら? 珍しく素直に聞いてくださるのね?」

「不本意にも聞いてやると言ってしまったからな」

 自分で言ってしまったのだ。仕方ない。とっとと話を聞いてオセロに戻ることとしよう。

「この前お店に行ったんザマスの」

「なるほど。万引きしたんだな。まずはお店の人に誠心誠意謝ってただな」

「お待ちなさい。何故万引き前提で話が進むのです?」

「キミにお店で何かを買う財力があるとは思えないからだ。見たぞこの前。もやししか入ってないお弁当を飲み物も買えずに水道水をお供に食べてるところ」

「そ、それは……。も、もやしの味が好きだからですわっ! 水道水だってその、ミネラルウォーターより美味しいと言っても」

「そうか。あまりにも惨めに見えたから今度ラーメンでも奢ってやろうかと思ったんだが」

「え?」

「好きでやっているなら余計なお世話だったな」

「え? え? あ、あの……」

「ラーメンは無しで」

「………………」

「分かった。分かったから涙と鼻水流して顔をぐちゃぐちゃにして音も泣く静かに泣くな。連れてってやる。連れてってやるから」

「………………ホント?」

「ホント、ホント」

 本日二回目のお色直し。

「……どこまで話しましたっけ」

「何普通に話を続けようとしているんだ。ラーメンのメニュー見せた瞬間、涎をこれでもかと垂らして水溜りにしたテーブルを拭いているのが見えないのか?」

「そ、その件につきましては失礼しました(ダラーッ!)」

「言ってる傍から涎を垂らすなっ! どんだけ腹減ってるんだ! もういいっ! とりあえず何か食べる物持ってきてやるからタオルでも咥えて待っていろっ!」

 本日三回目のお色直し+軽食。

「モグモグ……、ごっくん……っ! ぷはぁーっ。……何でしたっけ?」

「お腹いっぱいになって満足したなら帰ってくんない?」

「それもいい気が……。いえっ、何か言わなければいけないことがあった気が」

「無い無い。帰れ帰れ」

「あーっ! 思い出しましたわ」

「思い出すな思い出すな。帰れ帰れ」

「お店に行った話の途中でしたわ」

「あー、で、万引きしたんだっけか。そういう相談は警察に行った方が」

「だーかーら、万引きなんてしておりませんわっ!」

「今の空腹度見てると信じらんねーんだよな。お弁当コーナーとかで涎垂らしてそうじゃん」

「……否定はしませんが」

「しないんかい」

「べ、別に買うお金が無くともお店くらい行ってもいいでしょう!」

 それは確かに。お店行くのは自由である。涎垂らすのは業務妨害。あれ? 結局警察のお世話じゃね?

「それに、その日はちゃんと買い物に行きましたわ」

「ほう。それは珍しい。臨時収入でもあったのかい?」

「買ってきてと頼まれたのですわ。私ほどになるとみんなが私を頼ってきまして」

「……それは用事があって買いに行けない事情があるからとか?」

「いえ、特にそういうわけでは。お昼休みになるとみんな私に買ってきて、とお願いしてきますわね。私が買って来たお昼は格別美味しいのだとか。そうまで言われて断るほど私も鬼ではなくてよ」

「……それ、パシられてね?」

「パシ……? な、何ですの?」

「いや、何でも無い。後で教えてやる。それで?」

「? それでレジに並んでいましたところ、前の人の会計に時間が掛かっていましたの」

「ほう」

「支払いが現金でピッタリ払おうとしているせいか、財布から小銭を探すのに時間が掛かっているようでしたわ」

「ふむ」

 たまに居るな。そういう人。あんまり時間掛かるなら諦めるか、会計前に準備してよ、とは思わんでもない。

「普段だったら私ほどの寛大な心があれば気にも止めず、大人しくレジをお上品に待つのですが」

「寛大だろうが短気だろうがレジの列は待たないとダメだけどな」

「そ、そういう見解もありますわね……。しかし、その時は急いでいましたので、私としたことが少し苛立ってしまいましたの」

「何で?」

「何時までに持って来いと指定があったもので」

「時間制限まで付けられてんじゃねーか。そいつらとは縁切れ」

「……切れてしまいましたわ」

「はい?」

「約束の時間に5分遅れてしまいましたのっ! 私っ、私っ、必死に謝りましたのに許してもらえずそれきり……。うっ、うぇぇぇんっ!!」

「それは……」

 目の前で大泣きしているから言葉は飲み込んだが、むしろ、切れるきっかけになって良かったのでは? と思わんでもない。

「前の方がキャッシュレス! キャッシュレスで決済をしてくれていれば間に合ったのですわっ!! うぇぇぇんっ!!」

「はぁ……」

 キミがもう少し早く行って、その人より早く列に並べば良かったんじゃないの? とは言わないでおくことにした。泣いている人間に正論を言ったらもっと泣くか、逆上してくるかのどちらかである。静かにしておくに越したことは無いのだが、

「このご時世! キャッシュレスでなく現金で会計するなどおかしくありませんことっ? 先生もそう思いますわよねっ!?」

 意見を求めてきやがった。無視すると無視するで騒ぎそうだし、

「いいえ、思いません。相談終了。また来週~」

「何でですのっ!?」

 何でですのって、理由を説明してやろうとしたら、

「さては先生っ! 現金派ですわねっ!?」

 質問しておいて答えも待たずに話し始めやがった。人の話はちゃんと聞きましょうと習わなかったのだろうか?

「いや、私、」

「先生みたいにお歳を召したおばあちゃん先生は現金しか使えないのかもしれませんがっ」

 カチン。

「…………もう一遍言ってみろ」

「…………はい?」

「…………もう一遍言ってみろ」

「………………」

「………………」

「…………せ、先生は古き良き風習を重んじる方なので、今でも現金派なのでしょうか?」

 どうやら、もう一遍言ったらどうなるか、ということを生物の本能レベルで理解したらしい。言葉を精一杯丁寧に変えてきた。何かその言い方はその言い方で腹立つがまぁいい。許容してやろう。

「私はキャッシュレス派だ」

「あ、あら……。そうですのね……。で、あれば私の気持ちも、」

「キャッシュレスが便利、という主張は認めよう。みんながキャッシュレスだとレジがスムーズになるよね、という主張も認めよう」

「でしたらっ、」

「一方、キャッシュレスを使うかどうかは本人の自由なので、文句を言う権利はキミには無い」

「うぐっ!」

「それに、キミはその現金を使ったお客さんがキャッシュレス派じゃないと決めつけているようだが、その人はその日たまたまスマホを忘れただけかもしれないぞ? スマホ忘れたら現金で決済するしか無いわけだが? 現金を使わず会計を諦めろとでも言うのか?」

「そ、そこまでは言いませんが……」

「あるいはキャッシュレスで以前トラブルがあって、キャッシュレスを使いたくないのかもしれない。その人がキャッシュレスを使った時に何か損害が生じたらキミはその損害を補填してくれるのか?」

「い、いえ……。自分の生活費だけで精一杯……、」

「大体、現金が使えないレジで現金使わせろってごねてるなら問題だろうが、現金が使えるレジで現金使おうとしてるんだから何の問題も無いだろう。現金が使えるレジで現金使うなというのはただのキミのエゴだろ」

「せ、正論だとは思いますが……、何か今日当たりきつくありませんこと? 根に持ってます? 先ほどの発言根に持ってます?」

 何を言っている。そんな小さいことを根に持つような人間ではない。まったくもって見当違いだ。

「というわけで話終わったな。帰れエセお嬢様風モドキのただのボッチ」

「もんのすっごい悪口言いましたわねぇっ!? やっぱり根に持ってるじゃありませんのっ!!」

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せんせーに相談だ2 うたた寝 @utatanenap

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