第24話、デザインセンス

視点は綺麗な薄金色の液体が滑らかに奏でる泡。


背景は真っ暗な紺碧に沈む浮沈艦の灯り、ヴェネツィアとどこまでも続く蒼黒の海。


「Cheers!」「カンパイ」


少しグラスを持ち上げる。

横にはポメラニアンな田村さん。


「こんな綺麗な景色が見れるなんて」

「ねー。なんかグラゲーの世界がリアルワールド、みたいな?」

「ほんとですね」


言葉も出ない。それぐらい綺麗。

2人でカウンタータイプの窓際席。


どうもセミスイートルームに宿泊した特典らしく、プロセッコが振る舞われた。


「シャンパンはTRIPS協定の地理的表示に指定されているんだ。商標権と製造物責任みたいなのが合わさった感じの法律に守られたブランドなんだ」

「泡でうんちく語られたことはいっぱいありますけど、なかなか斬新なうんちくですね」

「あ、ごめん。職業病かな」

「あ、すいません。なんか知財室って特許だけかと思っていました」

「知財部って言ってもいろいろだよ。日本出願は基礎だけど、出願権利化、調査、活用もあるし、技術も機械や素材でも違うし」

「来訪者様は全部できるんですか?」

「あ、無理。一通りはやったけど、俺は自動車の燃料系エンジニアだったから出願は機械、あとは意匠権」

「そうなんですね」

「それこそあいつは自動車なら材料から生産技術まで全部の特許出願から権利化までできる。倒産する会社の知財整理に秘密保持契約書からノウハウの営業機密化に知財流通からの営業提案法の作成までやれる」

「知財のプロですね」

「意匠以外だけどね」

「え?意匠ダメなんですか?」

「あいつさー、ホントにセンスないんだよ。どう見てもテールランプの形が違うのに同じとかいうし。水平から3.7°もズレてんのにわからないんだよね。キャンバーが3.7ズレてたらわかるのに」

「わかるんですか?」

「色とかもさ、青に青って」

「管理者、普通じゃないですかね」


「お待たせしました」

「あ、来ました」「国外で生肉を食べる日が」「そっち?」


ピンクよりは赤いひき肉のペーストが輪切りにしたフランスパンに塗られている。


あ、軽い。見た目よりずっと食べやすい。

「これ、見た目よりケッパー風味なんだね」

「生臭くもないし当たりですね」

「炙ったらもっと美味しいかも」

「ローストビーフバージョンもありますよ。そっちはパルミジャーノチーズがかかってます」

「そっちだとこのスパークリングワインには合わなそう。というか、飲むの早くない?」

「あ、次ビールいいですか?」

「いいけど、部屋に戻る前にへべれけにならないでね」


窓に反射して写る俺の顔は、声に反して笑っている。

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