第21話、千夜一夜の出会い
皮がパサついている。
・・・今まで「あたり」ばっかり食べてきたから、ちょっとハードル上がり過ぎていたのかも。
たむくんも無理矢理食べておかわりしないで昨日のジャンドゥイオットに早速手を伸ばしている。
「あら?ジャム使わないの?」
お姉さんがコーヒーを持って上がってきた。
目の前には「ミルクレープ」。
なんの変哲もないミルクレープ。
「ジャム?」
「ええ、そこに」
「これ?ごめん。これ、なんか少し酸っぱい匂いがしたんだ」
お姉さんには悪いけど。腐っているとか、言いにくいんだけど。国外あるあるだと思って、言わなかった。
ちょっと、ガッカリしてた。すごくいいお店だと思っていたから。あ、でも他のは間違いなく美味しい。これだけで判断はしない。
「あら?バルサミコのジャムは初めて?」
「バルサミコってお酢ですよね?」
「そうよ。そっちがバルサミコ酢といちごのジャムでこっちがバルサミコ酢といちじくのジャム。甘味が足りなかったらハチミツを持ってくるけど?」
「あ、いや。バルサミコ酢のジャムって知らなかった。ごめんなさい」
「あら。こちらこそごめんなさい。説明しなくて。酸っぱいジャムだと思ったでしょう。気分を悪くさせてしまったわ」
「あ、いえ。はやとちりしたのは俺なんで。あ、食べてみます」
バルサミコ酢のいちごジャム。わりかししっかりと言われてみればお酢の酸っぱい匂いがする。
パサついた皮の上をフォークで押し切れば、断面からミルク色のクリームが溢れ、焼いた小麦と砂糖とたまごの匂いに油分多めなミルクの匂いが混ざって立ち上る。
そのまま赤黒いジャムを掬う。緩めのジャムを絡ませて、口に運ぶ。
口を閉じる前から、ちょっと不安になるぐらいにお酢の刺激が口腔内に感じられる。
「もぐ」
舌先にはじめに来たのは、酸味。
旨みの強い尖った酸味がガツンとまず感じられる。驚いて鼻から吸った息が口の中に達すると、今度は空気が得られたことで強い酸味とミルクのまろ味とホットケーキが合わさってくる。
噛み進めると、酸味はミルクにより中和され、逆にミルクの引き立て役になっていく。ミルクレープの皮は緩めのジャムと酸味に刺激された唾液により水分を補給され本来の香ばしさが戻ってくる。
その香ばしさに酸味を形成していたいちごが合わさることで、ミルクレープ単体だと乾いた皮に油分多めなクリームにバターなクレープと単調な味が複雑になった。
「これ、食べやすいですね」
コーヒーを一口。うん。合わない。
「ここから南西に行ったところにあるモデナという街の名産品よ」
あと、エスプレッソはこれには合わないわ。
だって、酸味が強すぎるから。
「はい」
お姉さんが注いでくれた水を飲みながら、まだまだ食べたことないのがいっぱいあるんだな、と思って「ありがとうございます」と言った。
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