第六十八話 ~異形の者~
ばさりと、真が羽織っている学ランが地面へと落ちた。
「あいつらは関係ないよ。心配しなくてももう大丈夫そうだし。なら、僕は僕の仕事をしなくちゃ」
トランプほどの大きさのケースを真はカチリッと押し込んだ。小さく畳まれていた黒いマントが展開され、真はそれを羽織る。
いきなり意味の分からない行動をするのは彼らの専売特許だと思っている雨切はこの時点でも警戒をしていなかった。
むしろ真の行動に乗っかって「マントなんて羽織ってダークヒーローのつもりですか?」なんて冗談を言うつもりですらあった。
けれど、そんな冗談を投げ掛けようとして──止めた。
真が放っている雰囲気は学生の悪ふざけで出していいものではない。
肌を引っ掻かれるような感覚。
この鋭さは殺気だ。
しかも、その殺気が向いているのは雨切ではなく……、
「……下がれ山橋。どうやら私はとんでもない者も見逃していたようだ」
リミッターを外し、グローブを剣へと展開する。雨切は真の動きの一つも見逃さないよう、瞬きも呼吸すらも止め、体を身構えた。
その準備を待っていたかのように真の姿勢が低くなり、地面を蹴る。
「悪いけど押し通させてもらうよ」
走り寄ってきた真から何発も拳が撃ち込まれる。
真も戦い慣れてはいるようだが、リミッターを外した莉緒の攻撃を凌ぎ切れる雨切に生身の人間が繰り出す程度の攻撃が通用するはずがない。
切れ目のない畳みかける攻撃の全てを受け流しながら、雨切は反撃の機会を窺っていた。
しかし、機会を伺っていたのは雨切だけではなかった。
「流石に通用しないか。なら、これならどう?」
明らかに今までとは違う攻撃を繰り出すような物言いだったが、真が繰り出したのは今までと変わらないただのパンチ。
だが、今までは難なく捌き切っていたはずのその拳に雨切は反応することが出来なかった。
そう、ただのパンチだ。
だが、その拳は瞬間移動でもしたのかと錯覚するほどの速さで雨切の右頬を思いきり殴り飛ばす。
意識を刈り取られかける強烈な一撃。
だが、今までの鍛錬の成果だろう。脳が揺さぶられ、視界がぐらつきながら、それでも雨切の体は反射的に剣を振るう。
本来なら攻撃と呼べないような、相手を捉えていない反撃。しかし、殴り掛かってきている目の前の敵にならばそれでも通用する。
手ごたえはあった。
だがそれは肉を切る感触ではなく、もっと硬質な何かを斬りつけた感触だった。
たとえば、振るった剣と剣とがぶつかり合うような……。
自身の攻撃の成果を見ることもなく、殴られた衝撃で飛ばされた雨切の体が地面を転がる。それでも無様に地面に這いつくばることはなく、立ち上がることこそ出来ていなかったが、雨切は片膝をつく形で態勢を立て直した。
切れた唇から伝う血を手の甲で拭いながら、顔を上げた雨切はそれを見て驚愕する。
「
「さぁて、なんででしょう?」
右腕そのものが剣へと変わり果てた異形の姿。
剣へと変わった右腕を擦りながら、莉緒と一緒にはしゃいでいた少年と同一人物とは思えない凍てつく眼差しで真は雨切を見下ろしていた。
そのまままっすぐに雨切へと接近し、大して力の込められていない単純な軌道で剣を振り下ろす。
まだ視界がぶれている雨切はあえてその場を動かず、体勢を低くしたままでその攻撃を剣で受け流した。
「軌道をずらす。正解だよ」
バガンッ! と、受け流した先の地面がまるで谷を生むように斬り開かれる。
「剣先から何かを出しているということですか……!」
「あんたたちが作った
乗り物酔いをしているような吐き気と眩暈に構うことなく、雨切は剣を一閃した。
反応した真が後ろへ飛び退る。
剣が折れていなければ、その一閃は真の腹を斬り裂いていたことだろう。
しかし、折れた剣先は雨切と真の間にある空間を薙いでいく。
空ぶった剣を目で追いながら、真は自身の剣を足元へ振り下ろした。
再び地面が割れ、溝に足を取られた雨切のバランスが崩れる。
「その態勢じゃどうしようもないよね?」
飛び退った着地と同時に、ステップでも踏むような足捌きで真はもう一度雨切に肉薄し、剣を突き出した。
逃げなかったさっきとは違い、逃げられなかった雨切に出来たことは折れた右手の剣を真と同じように突き出すことだけ。
腕が剣になっている真の調停者の刃渡りと手の甲から伸び出す折れた雨切の
それでも焼けるような激痛が走ったのは一人だけだった。
「その傷じゃもう剣は振れないだろ? それで僕をどうこう出来ると思うほど愚かではないよね」
剣は互いの左肩に突き立てられていた。
真の剣は雨切の肉体を貫通し、折れた雨切の剣は真の皮膚を薄く切った。
突き刺した剣を真は一息に引き抜く。
剣についた血を左手で拭い、その血に濡れた手で真は顔にかかる髪を掻き上げた。
べったりと髪に血が塗られ、長い髪がオールバックの形で固定される。
まるで鮮血のような、隠れていた赤目があらわになり、雨切はその姿を見て、思わずこう思ってしまった。
調停者なんてとんでもない。
こいつはまるで──
死神のようだと。
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