第六十七話 ~暗躍者~
「いいのか山橋?」
「あんなまっすぐな気持ちを見せられては今の私が続けるわけにもいかないでしょう」
「私は物理的に、お前は政治的にこの街を守っていこうと話していたというのに、私に全てを任せるつもりか?」
雨切の軽口に山橋は真顔で答える。
「私もエスケープを行い、今のお前のポストと入れ替わりでもしますか?」
「……立派な天下りだな」
「お前が内心、私とは違う思いで今のこの街を気に入っていないのは気付いていたよ。積極的に治安維持活動もしていなかったですしね」
「人口の減少を止めるための計画なのに、人を殺さなくてはいけない。その果てに平和があるとしても、違う道を模索するのは当然だろう」
思えば、雨切が自分の考えをこうして山橋に話すのは初めてだったかもしれない。
山橋は頷き、疲れが刻まれた顔を手で覆った。
「……そうだな。結果論で誤魔化しているが、この街を狂わせたのはそもそも私の私情だ。リターナーなどいなくなればいい。もう一度人間だけの世界を。私は本当にそう思っていた。お前もリターナーだというのに、私のその考えはもう友人の存在だけでは止まらなくなっていた」
「だからこそ、朝倉莉緒はリターナーとして、お前が望んでいた理想そのものだった。彼が救ったのはまさしくこの街の未来だ」
社会に溶け込み、有事の際には居合わせた者がその対処に当たる。
莉緒の場合は偶然ではなかったが、行動自体はリターナーとしてあるべき姿といえた。彼がいなければ、津羽音は後悔を背負いながら、誰にも助けられることなく、政府の手によって間引かれていたことだろう。
結果として、不適切殺人の増加という問題は解決していないが、早急な対応という意味をはき違えてはいけない。対処を焦って、結果を急いだせいで今回の莉緒と津羽音を巻き込む事態になったのは誤魔化しようがない事実だ。
ここは試生市。
楽園都市などと大層な名前を掲げている街なのだ。
犠牲を出し続けるつもりはないが、余計な犠牲を増やすくらいなら、対処が遅れても確実な一手を打ったほうが未来のためになる。
遠回りを許容するならば、道は他にもある。例えばボディに組み込まれたプログラムの内容を見直すこと。治安維持活動に関する取り決めを改めて刷り込めばゆっくりとだが事態の解決は図れる。
その間の不適切殺人をどこまで抑えられるかは政府の動き次第だ。
新たな茨の道を前に決意を新たにする二人だったが、山橋は雨切の言葉の一部を訂正しようとした。
「確かにリターナーとして理想だった。だが、間違えるな雨切。彼はリターナーではない、彼は──」
「人間、だろ?」
山橋の言葉を繋いだのは雨切ではない。
明かりの乏しい街の暗闇に紛れながら、その声の主は拍手をしながら姿を現す。
顔の半分が隠れるほどの長い黒髪は夜の闇が溶け込んでいるようだった。
「すごいな、終わりよければ美談にでもするつもりなんだ?」
「あなたは……どうしたのです? ここにはもう彼も風石津羽音もいませんよ」
暗闇から現れた少年──
伊崎真は楽し気に、それでいて不気味さを感じさせる笑みを浮かべていた。
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