生まれ変わりのその先へ

第六十四話 ～最後の番人～

　その言葉は大人が口にするにはどうしようもないほどに青臭い言葉であったが、それでも山橋はどこか満足したように目を閉じた。

「そうですか。では、いずれ必ずそう呼ばせていただきます」

　莉緒が地面を蹴る。

　足を踏み切り、莉緒の蹴りが山橋へと放たれた。

　しかし、その蹴りは肉を叩くことなく、鈍い金属音を上げる。

　山橋が抵抗したわけではない。

　右腕より伸び出した剣を左手で掴み、蹴りが山橋に到達するすんでの所で間に割って入ったのは左目を赤く染めたオールバックの男。

「雨切っ……！」

　雨切は剣の腹で道を作り、莉緒の蹴りの軌道を強引にずらしていた。

　空ぶる形となった莉緒の体が空中で回転する。

「朝倉莉緒！　何をしているのです！」

「見たとおりだ！　俺はそいつをぶっ殺す！」

「っ！　聞いてる話とは別の方向に過激なことになっていますね……！」

　斬れることなどおかまいなしに莉緒は雨切の剣を掴むと強引に体勢を変える。

　剣ごと雨切を攻撃するため、空中から踏みつけるようにスタンピング。

　始まりの兵装（アメノトツカ）の耐久力では紅い瞳の莉緒の攻撃に耐えられない。剣を折り、そのまま雨切を蹴りつける算段だった。

　だが、雨切はそのことを知らないはずだが、掴まれた剣で防御しようとはせず、体の位置をずらすことで踏みつけを躱していく。

　やりとりは簡単なものだが、銭湯での戦いとは比べようもない。もはや目で追うことすら困難な速度で行われる攻防。

　地面に着地し、しゃがみ込んだ姿勢となった莉緒はその態勢から逆立ちをするように体を反転させ、さらに雨切へと追撃を仕掛ける。

　流石に反応速度を超えたのか、雨切はその追撃を回避ではなく、剣で受けた。

「冷静になりなさい！」

「無理な相談だな！」

　剣が半ばで砕けるが、雨切は動揺しない。

　むしろ、折れて落下していく刀身を莉緒目掛けて手で弾いた。

　顔を背けた莉緒の顔面の真横に刃が突き刺さる。

　莉緒の頬を冷たい汗が伝っていった。

「私があのとき見逃したのはあなたが風石津羽音を救うと言ったからです。こんな捨て身の方法で街を瓦解させるためではありません！」

「これが救うための手段なんだよ！」

「やり方が間違っていると言っているんです！」

「やり方がないからこうなってんだろ‼」

　立ち上がった莉緒は連撃を放つ。

　性能面では莉緒が圧倒している。雨切は直撃こそ避けていたが、捌き切れない攻撃が体を掠め続けていた。

　しかしそれでも、椎名から受け継いだ蹴りにこだわる莉緒の攻撃は単純に拳で殴るよりも攻撃の合間にわずかな時間が生まれる。

　それでも普段の莉緒ならば圧倒しきったはずだ。単純な身体能力の差は小手先のテクニックでは埋めようがない。

　それでも莉緒が決めきれないのは、この世界を見据え、自分を逃がすという判断すらしてくれた雨切が相手が故だろう。

　椎名から免許皆伝と言われたはずの蹴り技は荒削りで精細さを欠いていた。

　体勢を低くして、莉緒の回し蹴りを躱した雨切は次の攻撃が来る一瞬の隙を突き、莉緒の体にしがみついた。

「あの少年から事情は聞きました。あなたがその業を背負う必要はありません。私が何とかします。どうかこの場は引いてください！」

「この状況で、そんな口約束程度を聞けるわけないだろうが！」

　引き剥がそうと莉緒は雨切の体を掴むが、力比べで負けるはずがないのに、雨切の体は莉緒から離れない。

　まるでそれは、揺らぐことのない信念が雨切に力を貸しているようだった。

「あなたまで間違ってどうする！」

「間違いじゃない！　この世界にとっては正しくないが、人として俺の行動は正しいはずだ！　楽園なんてもののためにあいつが死ぬ世界こそ間違ってる!!」

「だからこそ、間違うなと言っている！」

　莉緒の反論を、雨切は強い口調でねじ伏せた。

　この街のために戦っている。莉緒は雨切の行動をそう思っていたが、雨切がなぜこうも必死に戦ってくれたのか。

　次の言葉で莉緒は思い知った。

「あなたはそうやって、罪のない彼女に余計な十字架を背負わせるつもりなのか‼」