第六十三話 ~ただの人間~
津羽音を殺すという過激な方法でリターナーへの制裁手段を確立させようとしたのはその怒りの現れでもあったのだろう。
この人は予定とは大きく変わり果ててしまったこの街から、リターナーという化け物から、それでもどうにかして人間を守ろうとしていた。
それは尊敬できる。
歪んだやり方かもしれないが、それを間違いだと誰が言える?
この世界は犠牲を出すことでしか、正されない世界だ。
この街を出る前の莉緒ならば、きっと納得出来た。
津羽音のことも犠牲の一つと割り切っていたかもしれない。
けれど、椎名との出会いが莉緒の考えを変えていた。
だから、彼は山橋に言い放つ。
「……それでも、生きてるんだよ‼」
この人を否定しなくてはならない。
リターナーを……津羽音を殺させないために。
どんなにそれが正しい世界なんだとしても、そこは譲れない。
もう自分の目の前で理不尽に命を散らして、誰かの糧になる人なんて絶対に見たくない。
だから、莉緒の覚悟はもう決まっていた。
「リターナーだろうとあいつはここにいるんだ! 犠牲にしていい存在じゃない‼」
「ですが彼女はもう……」
「……死んでない」
暗い目だった。
それが言い訳のしようのない禁忌であることを莉緒はちゃんと理解していた。
「多分初期の頃からの参加メンバーしか知らないことだが、リターナーは専用の装置を使うことで、肉体がいくら損傷しようと頭にある記録データさえ無事なら蘇生できるんだ」
「そんなことが……」
「……あんたに聞かせたい話じゃなかった。だけど、あいつはそうやって生きていける。そのための道を俺が作る」
山橋も雨切も鈴無も今回の件に関するデータもすべて……抹消する。
一部にしか知らされていない前例づくりのための津羽音の間引き。
そもそもその前例作りの話を知る者がいなくなれば、この間引きは止まる。
だがそれをしてしまえば、後ろ盾のない莉緒の行動はすぐ明るみに出て、彼は国に対してテロ行為を行ったものとして間引かれることになるだろう。
抵抗し続ければ、いくらか寿命を延ばすことは出来るだろうが、その時の莉緒に生きる理由があるとも思えなかった。
それだけのものを得るのなら、代償に自分の命くらいは差し出さなければ筋が通らないとすら思った。
顔を伏せながら、長い深呼吸をした。
「俺は……あんたを殺す!」
顔を上げた莉緒の瞳は再び紅い輝きを放っていた。
握りしめられた莉緒の拳を見て、山橋はそれを受け入れたように頷く。
「やはり、犠牲が出るしかない。あなたも私と同じ結論に行き着いてしまったのですね」
「一緒にするな。俺はたった一人のために大勢を犠牲にしようとしてる。数で比べるもんでもないけど、あんたほど立派でもなければ、誇れることでもない」
「私の行いをそう言ってくださるのですか? 私は風石津羽音を殺そうとしたというのに」
「俺からすれば、あんたは間違ってないよ。ただ俺の守りたいものがあんたの守りたいものじゃなかっただけだ。だから、俺はこの世界を否定はしたけど、あんたを否定はしたくない」
「……あなたのようなリターナーも、ちゃんといてくれたんですね」
安堵とも感心ともとれる山橋の言葉は、莉緒がまるで人間に見えたからだ。
この街の取り決めに納得はしつつ、それでも違うと思ったからこそ彼はこうして命がけで抗っている。
山橋の見たかった、楽園に住むべき
莉緒も山橋が何を思っているのか気付いているのだろう。
だから、この人にどうしても言わなければならないことがあった。
「俺はリターナーじゃない」
「……では、なんだと言うんです?」
「人間だよ」
山橋の目が見開かれた。
本当のこの計画なら、きっと皆がこう名乗ったのだろう。
いや、たとえ今でも、こう名乗らなければならないのだろう。
だから、莉緒は誇りを持って、自分が何者なのかを高らかに叫ぶ。
「俺は好きな女の子を守りたいだけのただの人間だ‼」
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