六章 選ばれた世界
第六十一話 ~黒幕~
得体の知れない化け物を前に、さきほどまでの落ち着いていた雰囲気はどこぞへと消え去り、山橋は震える手で莉緒を指差した。
「なんだその赤い両目は! それに白間燕翔だと……!」
「そんなびっくりするなよ。化けて出たわけじゃねぇ」
「何故だ……鈴無の戦闘レベルでこうも一方的に……まさか
「そんな大層なもんでもない。ただちょっと無理が利くってだけだ」
化け物の正体を説明してしまえば至極単純なものだ。
現在流通しているボディとは違い、莉緒のボディは耐久値と限界値を計るための試作型というだけ。
故に第二のリミッター。
外すだけでオーバーヒートによる自壊の可能性を持つが、本来のスペックが解放されるだけの現行のリターナーとは違い、身体能力を強引に上昇させる。
津羽音が全力でジャンプした時に着地で痛みを感じ、動けなくなったと言っていたが、もしも莉緒がリミッターを外した状態で全力のジャンプなんてしようものなら、踏み切る力に足が耐えられず、空中の到達地点は津羽音をゆうに超えるだろうが、一度のジャンプで足が使い物にならなくなる。
その反面、力の加減が出来るようになれば、現行のリターナーでは太刀打ちできない圧倒的な戦闘能力を得る。
諸刃の剣とも言える莉緒だけが持つ最後の切り札だ。
「一つ確認させてくれ。あんたがこの街の最高責任者ってことでいいんだよな?」
山橋は何も答えない。
さすがにこの状況でそれを認めることのリスクは理解しているのだろう。
人道から大きく外れたこの街の責任者は名前も顔も公表されていない。それはひとえに責任者の安全を確保するためだ。
顔も名前も変えて新たな人生を歩む関係上、エスケープ前の経歴はエスケープ後には反映されない。年端も行かない子供がいきなり命を奪いに来るなんて状況もあり得る以上、信頼を損ねることになろうとも責任者を公表することを政府は避けていた。
だが、それを認めさせないとここからの会話が成立しない。
だから、どこからともなく片目を赤く染めたリターナー達が飛び出してきたのは莉緒にとって
様々な武器を展開しているリターナー達は間違いなく政府所属のリターナー。そんな奴らがこのタイミングで山橋を守るように飛び出して来た。
山橋も状況を理解している。
莉緒がすぐには攻撃してこないことは話の様子からわかっていたからこそ、周りに合図を送らなかったというのに、これでは意味がなくなってしまう。
「常に最大の敵は無能な味方ってことだな」
警備を目的として潜んでいただけあって、莉緒へと攻撃を仕掛けるリターナー達の攻撃は素早く連携が取れていた。
決して一人では動かず、何人かでのペアでタイミングを外して突っ込んできている。
どこかに気を取られれば、すぐに別方向から波状攻撃が来る。
戦闘訓練を積んでいるからこその動き。
だが、訓練ではない戦闘ならば莉緒に分がある。
明日の命を繋ぐために仕込まれた技と共に。
文字通り、莉緒は風となって迎撃を開始した。
事情を知らない者が見れば、きっとそれはパフォーマンスに見えたに違いない。
前宙や片手での側転を織り込みながら、莉緒は的確に相手へと蹴りをぶち込んでいく。
曲芸染みた動きだが、リミッターを外した莉緒が行えばそれは動きの読めない防御負荷の連続攻撃へと姿を変える。
精鋭が揃っていただろうに、ほんの数十秒ほどで戦闘は終了し、道路には気絶したリターナーが倒れ伏していた。
莉緒の紅い瞳が元の黒色へと戻っていく。
「一部の人間にしか知らされていない極秘扱いにもかかわらず、こんだけ人を動かすことが出来る。そんな権限を持っておいて一般職員だなんて言い訳はもうしないよな?」
「……やはり、あなたと会ったときに、慌てて不適切殺人の内容を言い直したのは無理がありましたか。どこまでを見たのか判断するために私が聴取をしたのが裏目に出たと後悔していましたが、あなたが白間燕翔だというならば、こうなることは必然だったということですね」
観念したように、穏やかな口調に戻りながら山橋はそれを認めた。
「俺だって想定外だったよ。まさかここまで大事なんて思ってもみなかった」
莉緒の言葉を、山橋は遠い目をしながら聞いていた。
そして、弱音を吐くようにしながら、心中を吐露する。
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