第五十七話 ~崩壊の日~


 椎名の提案から一年。

 行き当たりばったりで始めた闇市産業だったが、技術者の腕が良かったのとなんだかんだで安価な製品というのが世間で求められていたというニーズが噛み合い、俺たちの事業は想像以上に拡大の一途を辿った。

 廃工場を改造し製造ラインを、その周りの建物を居住環境として整えていけば、ホームレス同然だった俺たちの生活は一気に人並みにまで改善された。


 問題だったのは、そこまで行くと俺たちの存在が認知され始めたということ。

 勝手に小競り合いをしながら、世捨て人として生きていたからこそ、放棄された土地を勝手に占領していても文句を言われなかったわけだが、こうなってくると話が変わってくる。


 事業の申請をして、社会復帰すればよかったのかもしれないが、いきなり生活を追われた者が集まっていたのが災いし、貧民窟の住人たちは政府からの提案の全てを拒否し続けた。


 正直気持ちはわかる。

 俺も元々人並みの生活を送っていたからこそ、ここの生活がどれだけ底辺なのかは理解できた。俺の場合は目的があったから耐えられたが、ここにいきなり落ちた人間のどれだけが生き残れているかなど考えたくもない。


 けど、だからこそ俺が彼らを説得するべきだったのだろう。

 架け橋になれる可能性があったのは俺だけだったのに、俺は仲間の気持ちを優先してしまった。

 這い上がるための最後の蜘蛛の糸を俺たちは自ら切ってしまったのだ。


 いつしか政府からの事業申請通知は届かなくなった。

 諦めた。なんてはずがない。ここは試生市の鼻先だ。こんな目立つ場所にある闇市を見逃していたら、アピール目的の試生市にケチが付く。

 駆除が必要だった。


 ここにいる人間のほとんどは帰る場所もなければ、待っている人もいない。

 つまりはいなくなっても誰も困らず、根絶やしにしても誰も気付かない。

 ……人為的輪廻転生計画の内容を知っているからこそ、俺だけがその手段に気付けるはずだったんだ。


 いつものように製造ラインで商品を作っていた俺たちの耳にいきなり爆音が聞こえてきたのは、冷たい雨が激しく降りしきる寒い冬の夜だった。



「なんだ? 機材かなんかが爆発したのか?」

「とにかく様子を見に行こう」



 一緒にいた男と共に外に出て、俺たちは言葉を失った。

 燃え上がる建物がいくつもあった。

 そこは製造に関わっていない奴らが寝食をしている居住エリア。その尽くが炎を上げながら倒壊していっていた。


 一瞬何が起きているのかがわからず呆けてしまったが、すぐに現実は押し寄せてきた。



「椎名……‼」



 寝ているはずの友人の名前を叫びながら、俺は燃え盛る建物に走り出そうとして──



「ごぷっ……!」



 一緒に出てきた男の溺れるような声を聞いた。

 振り返った俺の目に飛び込んできたのは赤い瞳をした若い女。

 その手には俺がいた頃はまだ試作段階だった始まりの兵装アメノトツカが伸び出し、男の喉元を背後から貫いていた。



「てめぇ!」



 リミッターを外し、俺の蹴りが女の顔面を蹴り飛ばす。

 まさか、相手側にリターナーがいるとは思っていなかったのだろう。驚愕に目を見開くだけで防御すらしなかった女の意識はその一撃で吹き飛ばされた。



「リターナーの襲撃……? まさか、試生市外部で間引きを行うつもりか⁉」



 いや、そもそもが予行練習のつもりか。

 政府関係者であろうと、戦闘や殺人に慣れているかは別問題。これから行われる試生市の現実を試生市に配属される職員にここでわからせるって算段か。



「ふざけやがって……!」



 もしもその予想が当たっているなら、襲撃者がこの女一人なわけがない。

 止まった足を再び走らせようとして、俺は事切れている男へと振り返った。

 何だかんだと言いながら、俺の体を今日までメンテナンスしてくれた。俺の専属エンジニアと言っていい男。



「……今日までありがとう。後で戻るから、今はそのまま行くことを許してくれ」



 男の目を閉じさせて……俺は走る。

 火の手はどんどん拡がっていた。

 俺たちが作り上げた世界はこんなにも簡単に無くなるものだったのか。

 視界が滲むのは雨のせいだけじゃなかった。


 激しい雨音で掻き消されているが、いたるところから悲鳴が聞こえてくる。

 全員を守れるだけの力は俺にはなかった。

 だから、エゴでもなんでもいい。

 俺は俺を拾い上げてくれた椎名だけは守りたかった。


 椎名と俺が生活している小さな建物が見えた。

 まだ火はついていない。

 この雨音だ。昼間の疲れから爆睡する傾向にあるあいつが外の騒ぎに気付いていないで寝こけていても不思議はなかった。



「椎名‼」



 ドアを開け、俺は靴も脱がずに部屋に突入してあいつを起こすために大声を張り上げた。


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