第五十五話 ~二つの役割~

 ちょっと自主面談してきますと仲間に告げて、敷地内にある自室へと戻る。

 部屋に入り、いつものように一つしかない椅子に腰かけようとして、同じように椅子へと腰掛けようとしていた青年の俺と手がぶつかった。

 譲り合うのもそれはそれでおかしい。互いに無言で、二人が並んでも問題なく腰を落ち着かせることが出来るベッドへと腰を下ろす。



「なんかこうやってベッドに並んで座ると変な感じだな」

「これからするのはそういう行為じゃないし、事後かと言われたらこれは事故だよ」

「わかってるっての。ノリ悪いなあ……」



 とりあえず事実確認のため、俺たちはお互いの持っている情報を照会し合わせてみた。     

 俺しか知らないようなどうでもいいことから、研究のデータに至るまで、ありとあらゆる質問を互いに投げ掛ける。

 ほぼ間違いないとは思っていたが、いくらかの齟齬こそあれど、俺たちが同一の精神を持っていることを確信するまでそう時間はかからなかった。

 それならばと、起こってしまったことを悲観することはせず、これからどうするのかを俺たちは話し始める。



「別にどちらがオリジナルかなんてどうでもいいが、これはかなり痛い発見だな」

「……こちらの精神はコピーで、オリジナルの意識がそっちに残っているのか。それともオリジナルの意識は移っていて、そちらの精神は残存意識のように、肉体に蓄積されたデータからバックアップで再構築されたものなのか」

「どちらにせよ、俺だからよかったものの一般人でこれが起きたら大問題になるぞ」



 ギリッと歯ぎしりをし、青年の俺の顔が歪む。

 よくあるホラー話みたいなものだ。自分が他人に成り代わってしまうという単純ながらに絶対的な絶望。

 

 意図的にシステムを弄らない限り、こんな不具合が起こることはありえないはずなのだが、実際に自分を当事者にして起こってしまっている以上、その危険性を人為的な輪廻転生は伴うことになる。

 その危険性を理解した上で、俺は一番手っ取り早い現状の解決策を提案してみた。



「どうする? 俺を破棄してなかったことにするのも手の一つだと思うが?」



 なんとなく答えは予想できている。 不敵な笑みを青年は俺に向ける。



「……そうだね。破棄する必要はある。けれど、ただ死んでもらってはもったいない。白間燕翔が二人いるというのは強みにもなるだろう?」



 ろくでもない考えだが、それは同意見だった。しかし、理想と現実にはどうやっても埋めようのないギャップが発生する。

 言い合いという自問自答は続く。



「ややこしすぎるだろ、二人の白間燕翔なんて」

「なら、別人を演じようか。実験は一応成功してるわけだし。僕が実験によって生まれた正規の白間燕翔としてこれからは振舞おう」

「なんで一人称を変えるんだよ」

「……見た目に合わせてる。白間燕翔ではあるが、僕は生まれ変わったわけだからね」

「そうかよ。んで俺が予備の白間燕翔になるわけだが……実際のところ本当に予備なんていると思うか? 全てが終わったら、呑気に暮らしたいってのに?」

「それはあくまで願望だよ。試生市がどういう都市になるのかわからない以上、政府に見えない保険がかけられるのは大きい。というより、その存在は間違いなく必要になる」

「実際否定的な意見は政府内にもあるしな。何かは起きるだろうが、それを俺たちが対処することになる可能性は高くないだろ。俺たちはあくまでエスケープを安定させればいいだけだ。試生市がどうなっていくのかは俺たちの管轄外だぞ」

「それでも……」

「首は突っ込むだろうがな、俺なら」



 ニッと笑った俺を見て、青年の俺も少しだけ笑みを浮かべた。

 そうして俺たちは、政府関係者であり、リターナーとして生活する白間燕翔と、人間としてリターナーであることを隠し生活する白間燕翔に分かれた。


 このまま研究所にいたのでは俺を政府に隠匿する意味がなかったので、頻繁に連絡を取りあうことはせず、その時が来たら連絡するという約束だけを交わし、俺はプリペイド式の携帯端末と電子ではない僅かな金銭だけを持って、廃棄物に紛れて研究所を出ていった。

 研究所を出ても、未来の為、誰かの為という使命感で俺の心は満ちていた。



 だが、そこからの生活は希望だけでは生きていけない地獄だった。

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