四章 目覚める本性
第四十五話 ~共犯でいる覚悟~
「それがあの時の事件の真相であり、ボクの真相だ」
月明かりだけが差し込む真っ暗なフロアに人影は二つ。
膝を抱えて丸くなる津羽音と胡坐をかく莉緒。
莉緒はいつものふざけた様子を感じさせない真剣な顔で、口元に手を寄せながら、何かを考えているようだった。
莉緒がここに来たのは、津羽音に呼ばれたからではない。津羽音がいなくなったと静希に言われて、彼の頭に真っ先に浮かんだ場所がここだったというだけだ。
西区にあるビル。白間燕翔と津羽音の思い出と決別の場所にして、莉緒と津羽音が初めて出会った場所。そこの三階。
手分けして探そうという真の意見に賛成して、莉緒はあえて一人でここに来ていた。公園ですでにきっかけは与えている。何かを話してくれるなら、先にここに来ているのではないかという予想の通り、彼女はそこにいた。莉緒を見ても驚くことはなく、むしろ、やっと来たのかという表情で。
だから、莉緒も躊躇わないでそれを聞くことが出来た。
あのときの男は君が間引いたんじゃないんだろ、と。
津羽音は小さく頷いて、そして、話し始めた。自分の過去を。あの時の覚悟を。
すべてを話した津羽音はすっきりした顔で苦笑する。
「よくわかったね。あの状況なら、ボクが白間を間引いたと思うほうが普通だと思うのに」
「相手をあんだけ流血させておきながら、君の白い制服には返り血が付いていなかった。一目見た時点で君がやったんじゃないんだろうなって気付いたよ」
「ボクがとんでもない使い手だという可能性は考慮しなかったのかい?」
「最初はそれも視野に入れかけたけど、男が落ちて来てから、君が降りてくるまでそれなりにタイムラグがあった。しかも、君は下に降りてくるときリミッターを解除していなかった。限界時間を考慮してこまめに掛け直すタイプなのかとも思ったけど、俺が撫でようとした時に、津羽音は感情的になってリミッターを外したろ? そんな娘が、自分が吹っ飛ばしたにしろ男が逃げたにしろ、距離が開いたからって理由で、わざわざリミッターをかけ直して歩いてくるとは思えなかったってわけ」
ましてや、あの時の言い分は婦女暴行だ。自分が襲われそうになったからぼこぼこにしたのに、そっちの間引きを投げ出して、莉緒との会話を優先するのもおかしな話だった。
「てっきり誰かしらに間引くことを強制されてるのかと思った。だから、男の状況さえ録画していれば、ひとまず茶を濁すくらいは出来ると思ってたんだけど……まさかそれが裏目に出る事情とは思わなかった……」
あのとき津羽音は小さな声で言った。
「ごめん」と。
だから津羽音の行動を莉緒は止めることになったのだが、それは状況を悪化させる役割しか担わなかった。
莉緒の後悔を聞いて、津羽音も自分の置かれている状況を初めて口に出す。
「結果的に白間を間引いていないボクは政府の処分対象から外れることが出来なかっただけじゃなく、治安維持活動後の白間しか映っていない記録データは、前例作りのためのシチュエーションとしても申し分ない。公園でキミと一緒に襲われた時に気付いたよ」
津羽音の話を聞いたからには、ここからの動きは津羽音次第になる。
「君はどうしたいんだ?」
津羽音自らが間引かれる理由を理解しているのなら。しかも、それが自分の行いから来た結果だというのなら、津羽音はこのまま間引かれることを受け入れる可能性がある。
生きなくてはならないという使命感と、今なら死んでもいいんだという甘い誘い。
覚悟を決めたと言っていた少女の心は揺らいでいた。
「どう、したいんだろう。わからなくなってしまったんだ。白間を殺してでも生きなくてはいけない。そう思っていた。それが白間の願いだったから。でも、キミのおかげで白間に手を出さずに済んで……すごくほっとしたんだ。生きなくちゃいけないのに、自分が死ぬことになってでも、白間を間引かないことが選べたことを内心喜んでいた……」
小さな体をさらに小さく丸めて、津羽音は泣くこともしないで、本当にどうしたらいいのかわからないという風に、
「これでボクは間引かれる。でも、死ねない。死にたいけど……ボクは生きたい」
彼女の答えがそれだった。
それなら、それを聞いた莉緒のやるべきことは一つしかない。
「なら、どうにかしてやる」
死にたくないというなら、それに応えようじゃないか。初めから津羽音を間引かせないために行動を始めたんだ、本人が生きたいというのなら、何も問題はない。
朝倉莉緒はこのまま風石津羽音の共犯で居続ける。
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