第四十四話 ~ボクになった日~


 だから、私は白間から逃げるように思いきり後ろへと後ずさる。



「………………嫌だ」

「まだ何も言ってないぞ」

「私に間引けって言うんだろ、君のことを‼」



 私が白間にとどめをさす。

 そして、オールバックの男が政府へと、白間から何も知らされていない私が自衛のために白間を殺したと状況を説明したならば……。


 白間の代わりになる委員会の人間は他にもいる。つまり、私の行いはただの治安維持活動と見なされ、白間以外の監視委員と接触をしていない私は日常へと戻り、普通の一般人として今後を過ごすことになる。

 私が状況を理解していることがわかると、白間は心底嬉しそうに笑った。



「ご明察だ」

「嫌だ……絶対に嫌だ……‼」

「困ったな……」



 頭を掻こうとした白間の体が不自然に揺れる。

 足手まといにはなりたくないだろと、一緒に行動するようになった私は白間から一通りの戦闘技術は習得済みだ。

 リミッターの解除も途中で戻せるようになっている。


 立ってるのがやっとのボロボロの白間が相手なら、簡単に殺せてしまうだろう。

 いや、そもそも白間が抵抗するはずないのか……。

 ふらふらと、白間がこちらに歩き出した。



「せっかく色々教えたのに、は結局、誰も間引かなかった……」



 そうさ。だから、初めての間引きが君なんて絶対に嫌だ。

 白間がいない世界で生きることだってツラいのに、白間を殺した世界でなんて私は生きたくない。そんなことをするくらいなら、一緒に間引かれたほうが何倍もマシだ。



「……そうだな。言うなればこれが、僕との最初で最後の仕事だ……」



 白間の手がこちらに伸ばされる。

 現実を見たくなくて、目をギュッと瞑った。

 私にどうしろというんだ。

 こんな何もかも変わってしまった世界で。

 ビルの中に時報アナウンスが響き渡った。



「……ありがとう。頼んだよ」



 暗闇の中で、私の頭が撫でられる。

 お礼なんて簡単に言うな。それは私が言わなくちゃいけない言葉なのに。

 本当に君は……勝手な奴だ。

 壊れそうだった私の心はその手にすがりつこうとした。

 けれど、私が触れるより先に頭に置かれたその手がゆっくりと離れていく。

 目を開けて、私は叫んだ。



「白間っ‼」



 だが、眼を開けた先に白間はいなかった。

 それどころか、周りを見回してみても、どこにも白間がいない。

 ドズッと大きな砂袋を床に落としたような鈍い音が聞こえた。

 少しの間があり、下のフロアから悲鳴が上がる。


 後ずさったときにフロアの端まで移動していたせいで、倒れこんだ白間は階段から下に転落してしまったらしい。

 血まみれの男がいきなり現れたのだから当然だが、絶え間ない悲鳴と騒がしい足音は下の階がパニックになっていることを伝えてくる。



「決断してもらえますか?」



 オールバックの男はその様子を見て、私にそう告げる。

 ……決断なら、もうしていた。


 白間、君と過ごした時間は本当にかけがえのないものだ。

 認めたくないが、それは真実だと言ってあげよう。

 だけどなんだ、最初で最後の仕事って。私と白間はいつも仕事をしていたし、君は不適合者なんかじゃないんだから、これは君の言う仕事でもないだろう。


 ……いや、違うか。これは仕事だ。私と君の仕事だ。

 オールバックの男に向けて、私は最終確認をする。



「白間燕翔を間引けば、見逃してくれるんだよね?」

「遺言では仕方がないですからね」



 男の返事を聞いて、私は階段に向けて一歩を踏み出す。

 気持ちは驚くほど落ち着いていた。

 白間。君のいない世界で生きていくのは正直嫌だったけど、君から頼まれたなら逃げるわけにはいかない。


 まだ、死ぬわけにはいかないよね。


 階段下の白間に近づこうとしている少年がいた。

 余計なことをされても困るけど、こちらが焦って変に取り乱してしまって、あの少年まで巻き込むことになるのはもっと困る。

 さぁ、落ち着いて仕事をしなければ。平常心だ。


 変に意気込む私を見て、何だかまた白間が笑っているような気がした。

 君の思惑通りに私が決断したことを喜んでいるのか?

 けど残念だったな。勝手に託して、勝手に喜んでるところ悪いが……白間。やっぱり私は一人で仕事をするのは嫌なんだ。


 君がどう思っていたのかは知らないが、私はそこまで強くない。

 だから、また一緒に仕事をするという約束をここで守ってもらおうか。

 今度こそ……ちゃんと付き合ってもらうぞ。

 幻影ではあったが、きょとんとする白間の手を私は強引に掴んだ。

 ほんの少し軽くなった足で、私たちは階段を下っていく。



「来なくていいよ、が殺すから」

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