第四十三話 ~あの日の真実~
白間が最後は思い出の場所にしようと言ったので、私と白間は西区にあるビルへと向かった。
いつもとは違い、私が買ったジュースを片手にビルへと入り、階段を登っていく。
「ここに来るのも久しぶりだ。君はあーだこーだと理由をつけて、結局私との仕事はしないままだったからな」
「皮肉のつもりだろうけど、僕は謝るくらいしか出来ないよ?」
「……わかってる」
最後までデリカシーのない奴だ。
というか、前までの君なら一緒に逃げるかくらいの軽口を言ってくれたじゃないか。楽園のためって言うようになってから、君は明らかに冷たくなったぞ!
私の心の不満が聞こえたのか、白間はわざとらしい明るい声と共に肩を竦めた。
「そういえば今日も制服なんだ。最後くらい見たことないおしゃれしてきてくれてもよかったのに」
「おしゃれした私が可愛すぎて、そんな私を今後見れなくなるという未練をこの世に残すことになっていいのかい?」
「なるほど、一理あるか」
嘘だ馬鹿。
君が似合ってるだの可愛いだの言うからわざとこの格好で来たんだ。
もしも君が事前におしゃれして来いとか言ってたなら、もっと私だって君の未練になるような恰好をしてきたさ。
というか、この格好の私でも未練に思え!
三階に続く階段が封鎖されていたので非常階段から三階へと上がる。白間が手に持っていた炭酸飲料の缶をコクリと口に含んだ。
「甘すぎるな」
「いつも飲んでたくせになんだそれは」
「趣味嗜好は時間で変化するものだよ」
「趣味嗜好は変わってもいいが、死んだからってエスケープ前の姿に戻ったりするなよ。私はその姿の白間燕翔しか知らないんだからな、死後の世界で会えなくなるぞ」
「……へぇ、その発想はなかったな」
「別れの準備は出来てますか?」
三階で待っていたのは公園で私を助けてくれた髪をオールバックにした男だった。
中身が残ったジュースの缶を投げ捨て、白間は問い返す。
「出来てるからここにいる。シチュエーション的には風石津羽音に襲いかかっている僕を第三者の君が間引くってことでいいのかい?」
何がセーフで何がアウトなのかをわかりやすくするために、研究チームが間引かれる際には決められたシナリオが用意されているらしい。
今までの白間なら、私がここについていくことを反対しそうなものだが、今日の白間がそれをしなかったのは私がシナリオの登場人物だったからかもしれない。
しかし、白間の問いかけに対して、オールバックの男は首を横に振った。
「それだと誰が見ても、間引かれて仕方ないとわかる場面になってしまう」
オールバックの男の右手があの日と同じ剣へと変わる。
白間たちが造ったという、政府に属しているリターナーにのみ搭載されている
だけど、その武器を展開するのはおかしくないか?
このふざけた対策は一般人が行う治安維持活動の目安を決めるためだというのに、政府にのみ搭載されている武器を使ってしまったら、その前提が崩れてしまう。
疑問に思う私の視線と男の視線がぶつかり、彼は冷たい口調でこう言い切った。
「すでに死んでいる風石津羽音の前に、不適切殺人を行った可能性のあるリターナー……つまりあなたがいた場合、どうなるんですかね?」
「伏せろ!」
白間の言葉に反応も出来ないで、あの時みたいに目の前が真っ暗になる。
「さすが、よく間に合いますね」
「これはどういうことだ……!」
「単純な話ですよ。治安維持活動後とみられるリターナーが、状況証拠的に不適切殺人を行ったと判断した場合、政府所属のリターナーはどのような対応をするのか。まずはそれを世間に知らしめるための前例作りというわけです」
体がぎゅぅっと抱きしめられる。
白間は私を抱きかかえるようにして、オールバックの男から庇ってくれていた。
男に向き直った白間の背中には決して浅くない横一文字の切り傷が刻まれている。
激痛だろうに、白間はそんな様子を見せることなく、
「この娘は関係ないだろ? 彼女はあくまで僕個人の協力者だ。監視委員会に属しているわけでも、ましてや不適合者でもない」
低い声でそう言った。
オールバックの男はそれに対して、剣を振って答えた。
白間が私の体を突き飛ばす。
「風石津羽音に関しては、もっと単純な理由からですよ」
一振り、二振りと容赦なく剣が振るわれ、そのたびに白間の体からは血が噴き出す。
私が狙われているからなのだろう。白間は体を動かし、攻撃を躱してはいるもののその場からは一歩も動こうとしなかった。
「政府に属しているわけでもないのに、あなたと頻繁に行動を共にしている風石津羽音には、政府を探っているスパイなのではないかという疑いが掛けられています」
とうとう白間の膝が地面に着く。駆け寄ろうとした私を白間の腕が制した。
そのときに白間の横顔が見えた。
もう意識も朦朧としているだろうに、なぜか笑っている白間の横顔が。
突破口が見えたかのように、勝ち誇ったような声で白間は問う。
「なら、風石津羽音が一般人だと証明できればいいんだな?」
「えぇ、そうです」
「なら、簡単じゃないか。ちゃんと口裏合わせろよ?」
相手に背中を見せることもためらわず、ボロボロの白間が私の方を向いて立ち上がる。
その眼を見て、白間の言いたいことがわかってしまった。
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