第四十二話 ~楽園のための犠牲~


 それから、二ヶ月後。

 全リターナーを対象とした健康診断が行われた後、試生市に新たな市民が迎え入れられ、リターナーと人間による社会構成の有用性の証明が開始された。本当の意味での試生市の誕生である。


 白間の言っていたリターナーの責任。

 試生市独自の社会ルールが明かされた直後は街全体で不安の声も多く上がったが、時間が経つに連れて、そのルールもメリットのほうが目立つようになり、街の中で不安の声を聞くことは少なくなっていった。


 リターナーとしての力に溺れる不適合者の撲滅にはまだ至らぬままだったが、この計画によって得られるものはとても大きいものだと、肌で感じることが出来ていた。


 だが、順調に見えた矢先、新たな問題が発生し始めたと白間は言った。


 リターナーが行った治安維持活動の中で、社会不適合者とは思えない人間が間引かれる事例が起こるようになったのだ。

 悲惨な問題だが、これも避けては通れない問題だったらしい。


 治安維持のための義務が説明されたとき、自分たちが人の命を奪うことになるかもしれないという恐怖と、義務を放棄した場合は処分されるという極刑に対する恐怖に私たちは心から怯えた。

 それでも私たちはその決まりに不安の声を上げはしたが、不満の声は上げなかった。暴動を起こしたりすることもなく自然に受け入れてしまった。


 きっと、こうなるということは体にすでに情報として入れられていたのだろう。

 今にして思えば、この社会ルールを知らなかったというのに、リミッターなんてものがある異常性をエスケープ後の私たちは当たり前のように受け入れていたのだから、それもそういうことだと受け入れられた。


 恐怖は感じても、それを仕方のないことだと思えてしまうのだ。

 だが、無意識で受け入れたこの決まりを頭は理解しないままなので、もしかしたらここを見逃したら自分が殺されるかもしれないという強迫観念に駆られる者が現れる。


 結果、記録映像からはリターナー側の過失に見えるが、そのリターナーを追い詰めているのは政府なので罪には問えず、誤った治安維持活動が即刻規制されることはなかった。


 だが、当然これを野放しにし続ければ、やがて人為的輪廻転生計画は、無差別に人を殺し続けただけの狂気の計画となってしまう。

 まだ始まったばかりの計画の穴は、政府の手によって修正しなければならない。


 白間が言うには、想定よりもはるかに件数が多いせいで対処に時間がかかるかもしれないとのことだったが、意外にも政府は重い腰をかなり早い段階で上げた。

 根幹に関わる問題なのだから当然と言えば当然ではあるが、まるで予めこうなった場合の対策は用意出来ていたかのような迅速な対応に──私は本気で怒った。


 もっともらしく説明した白間にも政府にも、私は本気で怒った。


 どう修正するのか。簡単なことだ。大まかな目安を作ってあげればいい。

 どこからがダメで、どこまでがいいのか。それさえわかれば万事解決だ。

 それはいい。簡単かつ明確でもある。


 では、それをどうやって社会に発表するのが効果的だろうか。普通に宣言として発表しただけでは、精神的な問題でもある今回の件の抑止力としては少しばかり弱い。

 ならば、何が必要か。それは前例だ。リターナーが実際に裁かれたという前例を作れば、それは一気に街に浸透するだろう。

 では、その前例には誰がなってもらおうか。

 政府の出した答えはこうだ。


 エスケープの安全性を調べる中で、こうした事態の予測が出来なかった元研究チームに責任を取ってもらおう。


 ふざけるな。白間はこの事態を予測していたし、そもそも白間たちがそれについて意見したところでどうせ何も変わらなかっただろ。

 ましてや白間たちはあくまでエスケープの研究をしていただけで、その後のルールを決めたのはお前たち政府じゃないか。


 だが、どんなに叫ぼうと、そんなふざけた決定が私の怒り程度で覆るはずもなく、白間たち研究チームの間引き日程は粛々と決定していった。

 政府からしてみれば、これまでに白間たちが治安維持活動の名目で秘密裏に間引いてきたリターナー達の録画記録を使えば、目安となるパターンの証拠映像にも困らないという利便性もあったのだろう。



 見たこともない誰かのために努力してきた白間が、見たこともない誰かのために間引かれることになる。



 努力が報われることはないどころか、裏切られるなんて考えたくもなかった。



「やろうとしていることは僕たちがしてきたことと同じだよ。最小の犠牲を出すことで不特定多数の人を守る。楽園を生み出すため、立場が変わっただけのことさ」



 けれど、白間はそう言った。

 いつからかこの計画を楽園と呼ぶようになった白間の内心がどうだったかは私にはわからないが、白間がそう言うのなら、私は何も言えなくなる。

 その言葉の否定は今までの白間を否定することと同じだったから。

 どうすることもできず、何もしてあげられないまま時間は過ぎて行った。



 そして、運命の日。最初の犠牲者に選ばれたのは白間だった。

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