第四十一話 ~強引な契約~
「まぁそんなわけで、僕は政府の人間です」
「どんなわけだ。いきなり化け物みたいな力を使えば、それが政府の証明になるなら私はこのことを告発するぞ」
「それはやめて……」
「冗談だよ。……犯罪者を殺しているのかい?」
「リターナーに相応しくない不適合者を、かな」
一悶着あった後、暖かいお茶の置かれた小さなテーブルを挟んで、白間が色々と端折った大雑把な事情説明をしてきた。
簡単に言えば、白間は政府の元研究機関の人間らしい。
エスケープの安全性から、リターナーをさらにエスケープさせた場合のリスクなどを研究、実験していたそうだ。
安全性や成功率が実用的なレベルにまで至ったところで計画が正式に発表され、安全なエスケープを確立させることが仕事だった白間はあの日第一期のエスケープ実行者を見て回っていた。そこで力に振り回されている私と出会ったとのことだった。
「……政府の人間にも関わらず、振り回されて怪我をしそうだった私の尻を触って痴漢したのか?」
ジト~っという私の冷たい視線に怯むことなく、白間は私の目を見て答えた。
「やましい気持ちでやったわけじゃなかったんだ。エスケープ後の体をうまく制御できてないのかと思って。触診みたいなものだよ」
そんな白間を見ながらお茶を啜る。
そして一言。
「本当は?」
「……無意識の犯行です」
あっさりと白間は自供した。
「なぜもっともらしい嘘をついた?」
「この流れならいけるのではないかと……」
「そのせいで、さっきまでの話の信憑性がむしろ薄れたんだが?」
公園での一件がなければ、確実に信じていなかっただろう。まぁ、そもそも公園での一件がなければ、白間がこうして話をすることもなかったんだろうが。
白間の顔がまた真剣なものに戻る。
「リミッターの解除に楽しみを見出す者もいることはわかっていた。だから、僕は同じ研究をしていたメンバーに声をかけて、研究チームが解散しても、リターナーを見定める非公式の監視委員会として活動することを決めた。そして、昨日のように力に溺れた者を治安維持活動という名目で間引くようになった。それは僕の仕事だと思ったから」
「それがあのよくわからない力の正体かい?」
「
「殺す……」
白間がどれだけの覚悟をもってそれを決めたのか、私にはわからなかった。
へらへらふざけた奴という印象が強い白間が、そのときだけは、まるで血を吐き出すようにしながら言葉を吐いていた。
「捕まえるじゃダメだったのかい?」
「……いずれ発表されるけど、リターナーには重大な責任が課せられることになる。間引くということに慣れておく必要があるんだ。僕も……この世界も」
重大な責任? 白間がここまで追い込まれてでも不適合者を間引かなければならないような何かが、私たちには課せられるというのか?
言葉を濁した白間にそのことを言及したかった。
けれど、今の話を聞いて私はどうしても白間に聞きたいことが別にあった。
震えそうになる言葉を必死に隠して、私は白間へと問いかける。
「なぁ、白間」
「なんだ?」
「君の本当の仕事はわかった。なら……私と一緒にしていた仕事も、君にとってはただの使命感や業務からだったのか?」
私を支えてくれたあの時間が、白間にとって事務的なものなのだとしたら、あの時間をまた過ごしたいという私の願いはきっともう叶うことはない。
答えを聞くのは怖かったが、それでもはっきりさせたかった。
一瞬虚を突かれたような顔になりながら白間は答える。
「いや、あれはプライベートに近かった」
だから、その言葉は私にとって本当に救いだった。
まだ私はあの時間を求めていいんだって。
「計画されていたエスケープがすべて完了したから、僕の仕事が一気に本格化してきたせいで、今までみたいな頻度では僕たちの仕事が出来なくなってるけど」
ずっと嫌がるようにしていたのに、頭を撫でられても文句を言い忘れてしまう。
私の頭を優しく撫でながら、白間は笑う。
「それが落ち着けば、また津羽音との仕事ができる。だから約束するよ。今はまだ、不特定多数の人の為の仕事だけど、きっとまた、津羽音と僕のための仕事をするって」
「……当たり前だ」
こいつが私と同じ感情からこう言っているのかは知らない。
それでも少なくともあの時間はこいつの意思によるものだったとわかっただけで今は充分だ。
隠していたことを曝け出した白間は私がそれを許すと思っているのだろう。言い聞かせるような口調でこう続けた。
「そんなわけで、まだしばらくは別行動を許してくれよ」
「いや、それよりも簡単な解決策がある」
頭に置かれた白間の手を振り払った。
確かにそれがわかれば充分だが、それでは今後具体的にいつから私たちの仕事が再開されるかわかったものではない。
だから、私が待つ以外の案を提案させてもらおう。
「私も君がやっている悪いリターナー退治に協力しようじゃないか!」
「……ん?」
雲行きが怪しくなったと思ったのだろう、白間の眉間に皺がよる。
だがそんなこと知ったことではない。立ち上がった私は畳み掛けるように白間へ食って掛かった。
「人数は多いほうが効率もいいだろう?」
「いや、効率よりも危険性のが増す気がするんですが……」
「私が足手まといと言いたいのか?」
「だってお前昨日泣いて……」
「なぁに☆」
「可愛い仕草で甘い声出してんのに、なんでそんな殺気が出せるの⁉」
あざといお願いもダメか。ならば実力行使に出よう。
「いいから! 君の活動に私も参加させろ!」
「痛い痛い痛い! 迷わず関節を決めるんじゃねぇ!」
これでもかと駄々をこねぬいて。私は戦闘には一切関与しないという条件付きで、協力者という形での治安維持活動への参加が認められた。
もとい、認めさせた。
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