第四十六話 ~俺は悪魔になる~
目を見開いた津羽音は莉緒をじっと見つめ、そして逸らした。
「それは、無理だ。ボクが間引かれないためにはボクが一般人だという証明がいる」
「確かにそれは必要だ。この世界でお前の無実を勝ち取るためならな」
おかしな含みを持たせた言葉に、津羽音は不思議そうに莉緒を見つめる。
「どういうことだい?」
「政府はこの街の中にしか存在していないわけじゃない」
目撃者も当事者も含めて、すべてを始末できるはずだったシナリオの中で津羽音は間引かれるはずだった。
だが、こうして津羽音は生きている。
都合のいいシナリオが無くなった今、スパイかもという曖昧な理由だけで津羽音を間引くことは難しくなった。
やってもいない過剰傷害などというこじつけを津羽音に擦り付けなくてはならないほどに。
それなら対抗する手段はある。
白間燕翔を間引くことで、津羽音は一般人だったという証明を得るはずだった。
だが、状況が変わった今、証明するべきは津羽音が一般人だということではなく、白間燕翔を間引いていないことのほうが重要になる。
本来ならば、オールバックの男が回収する手筈だっただろう白間燕翔の遺体と津羽音の録画データは、静希が通報してくれたおかげで、正規の手順で政府側に渡っている。
雨切の言葉を信じるならば、この件は極秘扱いで一部の人間にしか知らされていない。つまりはその一部が津羽音のデータをどうこうしない限り、あの状況で津羽音が白間に危害を加えたことを立証するのは困難だろう。
莉緒たち二人を間引き、実はあの二人は不適切殺人をしていたと後からデータを公表するのが政府の目論見だろうが、前提としてその説明がなければ、あのデータを見ただけでは不適切殺人かどうかの判断はまずできない。
ましてやあの怪我だ。
津羽音の過剰障害と言い切るにして、津羽音がどんな凶器を用いたのかを説明する責任があるのはむしろ政府側になる。
では、その状況を踏まえた上で、莉緒たちが取るべき行動は何か?
この
それは試生市外部の政府機関。より正確に言えば、人為的輪廻転生計画に反対していた派閥にこのことをリークすることだ。
不当な不適切殺人の罪で間引かれそうになっている。
それを伝えることが出来れば、反対派は試生市内の政府に事実確認を取るだろう。そうすれば、その証拠データを公表せざるを得なくなる。
データの改ざんをされてもそれがバレるリスクがあり、何もしていなければ人為的輪廻転生計画が根底から白紙に戻る大問題になる。
重要参考人である津羽音の身柄は外部の政府に保護され、試生市内のルールが適用されない世界にいれば、津羽音が間引かれることもなくなる。
楽園はただの幻と姿を変え、この世界から消え失せるだろう。
莉緒はたった一人の少女を救うためにこの世界を破壊するつもりなのだ。
「そんなわけだから行くぞ。時間が経てば経つだけこっちが不利になるからな」
「どう、して……?」
莉緒がどうしてここまで津羽音に肩入れするのかわからないのだろう。
津羽音と一緒にいた白間燕翔は、最小の犠牲で不特定多数の人を守っていた。見たこともない誰かのために、自分を犠牲にすることすらも受け入れて。
別にそれを否定するつもりはない。すごいことだと素直に思う。
けど、莉緒はその考えに共感が出来ない。
だから、彼は言い放つ。
「君が死ぬことでここが楽園になるのなら、俺は楽園を破壊する悪魔になる。顔も知らない大勢の人が救われようが関係ない。その救われるはずだった人を全員殺してでも……俺は目の前にいる君を守りたい」
それが莉緒の答え。朝倉莉緒の決断だった。
狂気としか言えない持論に、ぽかんとした顔で津羽音は吹き出す。
「それは狂気の考え方だと思うぞ」
「だろうな、けど俺はそれを選びたい」
「まったく、あぶなっかしいなぁ」
津羽音の目には涙が浮かび、
「本当に、不思議だよ。すごく似ているのに、全然違うんだ」
「……俺と白間燕翔がか?」
「うん。付け焼刃の平常心がずっと続いたのも、悲しくて仕方ないはずなのに、普通に笑えてしまったのも、キミが白間に似ていたからだった。でも、こうやって真面目に話してみると、キミはキミなんだって、やっと気付いたよ」
そう言って、津羽音は初めて莉緒にちゃんと笑いかけた。
あれほど望んでいたにもかかわらず、いざその笑顔を前にして、照れくさくなった莉緒は目線と共に話題を逸らす。
「あ~そういや、なんで銭湯から逃げたんだ?」
「キミたちが男湯で闘い始めたことは音でわかったから。また追手が来たのかと思って、お姉ちゃんから離れようと思ったんだ」
「なんだよ、君だって他人のために命かけてんじゃねぇか」
「……キミほどかっこよくはないよ」
すごい小さな声で何か嬉しい言葉が聞こえた気もするが、それを素直に受け取ることをヘタレた莉緒は聞こえていないふりをした。
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