第三十六話 ~赤い瞳~
何やら言葉を選んでいる様子が伝わってくる。
一体何を慌ててるんだこいつは。
「様子がおかしいみたいだけど、何かあったかい?」
『いや、お前がどう新しい人生を歩もうと僕には口を出す権利なんてないけどさ。友人として言わせてもらうが、自分のことは大切にしようぜ?』
あぁ、そういうことか。何を勘違いしてるのかわかった。
アホカこいつは。いくら一人が寂しいからってそういう形で孤独を埋めるほど私は安くない。
下世話な想像をしたこいつをからかってやろうと口を開く。
「ち、ちがっ! バ、バッカじゃないの⁉ 私がそんな……バカ、バァカ!」
ところが思ったより私はテンパっていた。いつだか話したツンデレキャラのような口調になった私の反応で、そういう仕事をしようとしているわけじゃないと気付いたのだろう。
白間はさっきとは違う少し驚いたような感じで、
『もしかして、仕事ってそういうこと?』
そう聞いてきた。
素直に認めるのが癪なので強がってみる。
「……自惚れるな」
白間としてはその反応で十分だったのだろう。
声しか聞こえないのに、あいつがいやらしく笑っている顔が目に浮かんだ。
『いじらしい反応だなぁ。不覚にもキュンってしたぞ』
「私はお腹が空いたんだ」
『なんで今日のお前は微妙に会話が成立しないの……?』
「そうだな。かまってくれる奴がいなくなったから、会話の仕方を忘れてしまったのかもしれないな」
「また痛いところを……」
「それでだ、ここまで言えば察してくれるだろ?」
『…………悪い』
はしゃぐような声から、バツの悪そうな声に変わった。
少しの沈黙の後、白間は深く息を吐いた。
そのまま謝罪の言葉が続く。
『本当にごめん。今から会うってのは、その、難しい』
「バタバタしてるのか?」
『あぁ。しばらくはバタバタしっぱなしなんだ』
「……そうか」
別に期待してたわけじゃない。
なのに、こんなにもがっかりしている自分がいる。
さっきまでは良い夜などと言っていたが、ただの暗闇にしか感じなくなってしまった。目の前が真っ暗になった。なんて、どんな皮肉なんだろう。
もう通話を切ってしまおうかと、耳から端末を離そうとして……。
それは現れた。
「こんな夜に一人でお散歩ですかぁ?」
嫌悪感を抱く舐めるような口調で話しかけてきたのは高校生くらいの少年だ。
制服ではなく、パーカーをわざわざフードを被って着ている。
別にその恰好はいい。顔を隠しているようにも見えるけど、今はそんなことはどうだっていい。
その少年はどういうわけか行く手を塞ぐように道の中央に立っていた。
私の異変に気付いた白間が声を少し荒げる。
『どうした?』
「……何でもないよ。変なナンパに絡まれてるだけさ」
『ナンパ? おい津羽音、周りに誰かいるか?』
「完全に私とナンパ野郎の二人きりだね」
「ナンパなんて心外だな。別にやましい気持ちはありませんよ」
白間に心配を掛けないようにしようと思ったが、そんな見栄をいつまでも張っていられる状況でもなかった。
暗い世界でそれはよく目立っていた。
まるで、男の嗜虐性が染め上げているのではないかと思う程……。
その瞳は赤く汚れていた。
赤い瞳はこんなにも嫌悪感を抱くものだったろうか。
白間の瞳を初めて見たとき、こんな気持ちになっただろうか。
非常時でもないのにリミッターを外している男はニコリと笑う。
「お嬢ちゃんで遊びたいなぁと思っただけですから」
その笑顔を見たときには走り出していた。
あの日以来解除することのなかったリミッターを外し、男のいる方向とは真逆に向かって私はひたすら駆ける。
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